[142]
自由民主党 高市早苗
この永住外国人地方参政権付与法案が仮に成立いたしますと、主管大臣となりますのは原口総務大臣であると思います。原口総務大臣は、1月14日、日本外国特派員協会で、自分の意思に反して日本に連れてこられた人が地方での投票の権利を持つのは日本の国家として大事なことだと発言された旨が報道されています。また、仙谷国家戦略担当大臣も、1月15日の大臣記者会見で、戦前の植民地侵略の歴史があり、その残滓としての在日問題がかかわっている、その方々の権利保障を十二分にしなければならない、地方参政権も認めていくべきだと発言されております。
鳩山総理初めこれらの閣僚の御発言から、鳩山内閣が在日外国人への参政権付与を実現しようとされている背景には、主に日韓併合など歴史的経緯が根拠として存在するということが明らかでございます。
きょうは、渡辺総務副大臣、お見えでしょうか。ありがとうございます。
副大臣は、自分の意思に反して連れてこられた人が地方での投票の権利を持つのは日本の国家として大事なことだという原口大臣のお考えに賛成でしょうか。
[143]
総務副大臣 渡辺周
外国人の特派員協会で原口大臣がどのようにお話をされたかということを、私は現状、つまびらかに記憶しておりませんので、ここではお答えをすることができません。ということでございます。
[144]
自由民主党 高市早苗
では、今私が申し上げたことについてはどうでしょうか。原口大臣がどうおっしゃったということよりも、この外国人参政権の問題をいわゆる強制連行とされることと関連づけて考えている、こういう考え方についてはどうでしょうか。
[145]
総務副大臣 渡辺周
そこの歴史的ないきさつについて、今、日本に残っているいわゆる在日の方々の点についての見解、これは総務省としてどうこうということはここでは述べません。
ただ、平成7年の2月28日に最高裁で判決をされた、あの判決の要旨を我々も当然何度も読んでおりますし、また、総務省の中でも、外国人の参政権、この問題については、地方参政権については、委員がもう何度も国会で議論をされております、その点につきまして、私どもとしては、さまざまな論点を今まとめているというところでございます。
[146]
自由民主党 高市早苗
どうもよくわからない答弁でございましたけれども、少なくとも鳩山内閣におきまして複数の閣僚の方が、日韓併合によって同じ日本人として戦時徴用されて内地に来られた朝鮮人の方々の存在、今残っていらっしゃる方々の存在というものを外国人に参政権を付与すべきだというその必要性の根拠にされていることは確かでございます。
そうしますと、いわゆる強制連行というものが実際に行われたのかどうか、そしてまた、その徴用された方々が帰国できなかった、自分のふるさとに帰れなかった、そして残っていらっしゃるということについて、事実関係というものを国として明らかにし、その上で結論を出していくということも必要であると私は思います。
それを外国人参政権付与の根拠とされる閣僚が複数いらっしゃる、また、総理も日韓併合100年ということをおっしゃっている、そういった事実がある限りは、この歴史的な経緯を解明していくということも大事だと思っております。
きょう委員の皆様に、また答弁席の皆様にもお配りをしているかと思いますが、先日外務省からちょうだいしたんですけれども、昭和35年2月外務省発表集第10号というものがお手元にあるかと思います。少し長いんですけれども、読み上げさせていただきます。
第二次大戦中内地に渡来した朝鮮人、したがつてまた、現在日本に居住している朝鮮人の大部分は、日本政府が強制的に労働させるためにつれてきたものであるというような誤解や中傷が世間の一部に行われているが、右は事実に反する。実情は次のとおりである。
ということで、次の事項を挙げています。
1939年末現在日本内地に居住していた朝鮮人の総数は約100万人であつたが、1945年終戦直前にはその数は約200万人に達していた。そして、この間に増加した約100万人のうち、約70万人は自から内地に職を求めてきた個別渡航と出生による自然増加によるのであり、残りの30万人の大部分は工鉱業、土木事業等による募集に応じて自由契約にもとづき内地に渡来したものであり、国民徴用令により導入されたいわゆる徴用労務者の数はごく少部分である。しかしてかれらに対しては、当時、所定の賃金等が支払われている。
元来国民徴用令は朝鮮人のみに限らず、日本国民全般を対象としたものであり、日本内地ではすでに1939年7月に施行されたが、朝鮮への適用は、できる限り差し控え、ようやく1944年9月に至つて、はじめて、朝鮮から内地へ送り出される労務者について実施された。かくていわゆる朝鮮人徴用労務者が導入されたのは1944年9月から1945年3月までの短期間であつた。
1945年3月以降は、往復する便が途絶していたということで、導入が事実上困難であったということも書かれております。続いて、
終戦後、在日朝鮮人の約75%が朝鮮に引揚げたが、その帰還状況を段階的にみると次のとおりである。
ということで、次の事項を挙げております。
まず1945年8月から1946年3月までの間に、帰国を希望する朝鮮人は、日本政府の配船によつて、約90万人、個別的引揚げで約50万人合計約140万人が朝鮮へ引揚げた。右引揚げにあたつては、復員軍人、軍属および動員労務者等は特に優先的便宜が与えられた。
ついで日本政府は連合国最高司令官の指令に基づき1946年3月には残留朝鮮人全員約65万人について帰還希望者の有無を調査し、その結果、帰還希望者は約50万人ということであつたが、実際に朝鮮へ引揚げたものはその約16%、約8万人にすぎず、残余のものは自から日本に残る途をえらんだ。
その後、ちょっと北朝鮮関係の方のことを書いてあるところを飛ばします。
こうして朝鮮へ引揚げずに、自からの意思で日本に残つたものの大部分は早くから日本に来住して生活基盤を築いていた者であつた。戦時中に渡来した労務者や復員軍人、軍属などは日本内地になじみが少ないだけに、終戦後日本に残つたものは極めて少数である。
すなわち現在登録されている在日朝鮮人の総数は約61万であるが、最近、関係省の当局において、外国人登録票について、いちいち渡来の事情を調査した結果、右のうち戦時中に徴用労務者としてきたものは245人にすぎないことが明らかとなつた。そして、前述のとおり、終戦後、日本政府としては帰国を希望する朝鮮人には常時帰国の途を開き、現に帰国した者が多数ある次第であつて、現在日本に居住している者は、前記245人を含みみな自分の自由意志によつて日本に留つた者また日本生れのものである。したがつて現在日本政府が本人の意志に反して日本に留めているような朝鮮人は犯罪者を除き1名もない。
というものでございました。
これは外務省の報道用資料でございます。外務省発表集について、その位置づけを確認いたしましたら、そういうことでございます。
もし、この記載が正しければ、いわゆる強制連行と呼ばれる事実がなく、同じ日本国民としての戦時徴用と呼ぶべきであるということ、それから、昭和35年時点で戦時中に徴用労務者として日本内地に来られた方が245人にすぎず、原口大臣がおっしゃった強制連行論というのは、46万9415人も現在おられる永住韓国人への参政権付与の根拠とはなり得ないこと、そしてまた、日本政府として、特にこの戦時徴用者を優先して、韓国に帰還したい方々の帰還支援を行っていたということが示されたと言えると思います。
そこで外務大臣に伺います。
外務大臣は、その歴史的経緯にかかわらず、すべての永住外国人への参政権付与を目指される立場だとこれまでの御発言から私は推測をいたしておりますけれども、複数の閣僚がこの強制連行論を参政権付与の必要性の根拠にされているので、この昭和35年2月の外務省発表集第10号の記載というのは現在も有効なものなのか、それとも無効なものなのか伺います。
[147]
外務大臣 岡田克也
今委員御説明いただいたこの資料の性格というのは、ちょっと今、急に聞かれても、私、把握しておりませんので、わかりません。
外務省発表集第10号と書いてありますので、外務省が関与した資料であることは間違いないというふうに思いますが、これが現在の外務省の考え方を示すものであるのか、その後、異なる見解があったのかなかったのか、そういうことについては、突然の御質問ですので、私は把握しておりません。
[148]
自由民主党 高市早苗
これは日本の名誉や国益にかかわることでございます。この外国人参政権の問題だけではなくて、過去の経緯というものや事実関係がどうだったのか、当時の調査ではこうであったけれども、それが間違っていたのか間違っていないのか、やはりこういったことというのはこれからもさまざまな局面で国益にかかわってくることだと思いますので、資料の請求をさせてください。
この外務省発表集というのは、昭和35年の上半期からは外務省公表資料集と合併して外務省公表集となりました。発行元は外務省情報文化局でございます。昭和59年から発行元が外務省大臣官房報道課に移りまして、それから、現在はプレスリリースという形になっております。外務省発表集の記事資料とも書いてございますが、これは、外務省としての正式発表のうち、外務報道官としての公式見解等を表明する場合及び外務省より正式発表を行うものという位置づけであると理解をいたしております。
きのうの夕方からも外務省の方に問い合わせをいたしましたし、また、外務省のこの資料の位置づけということに関するお答えとともに、国会図書館にも確認をいたしましたので、今私が申し上げた位置づけは間違っていないと思います。
もしもその後、政府としての調査内容また見解というものに変更があるのであれば、またこれは重要なことでございますので、ぜひとも資料の提出をお願いしたいんですが、いかがでしょうか。
[149]
外務大臣 岡田克也
先ほど言いましたように、突然のお尋ねでありますのでこの場でお答えすることはできませんが、その後、これに類するものあるいはこれと異なるもの、そういうものがあるのかどうか調べて御返事したいと思います。
[150]
自由民主党 高市早苗
どうもありがとうございます。
それでは、調べていただいて、もしこれと全く異なる見解を発表されていたり修正されていた場合にはお知らせをいただきたいと思います。
私は、当時、帰国したかったけれども、日本政府が帰国の希望を聞いたりいろいろしたけれども、やむない事情があってどうしても帰国できなかった、しかし今は帰国をしたいという方がいらっしゃるのであれば、日本の参政権を付与するよりは、政府として帰国支援を行うのが筋だと思っております。
そしてまた、サンフランシスコ平和条約を根拠にされる御意見も閣僚内におありでございます。これも原口総務大臣なんですが、平成22年1月30日、読売テレビでの御発言です。さまざまなところに報道されていますので副大臣も御承知かと思いますが、サンフランシスコ平和条約で日本国籍を離脱しなければならなかった特別永住外国人への付与とそれ以外の人では全く議論が違うという発言でございます。
渡辺副大臣は、こういった考え方に賛成されますか。
[151]
総務副大臣 渡辺周
読売テレビの番組についても、私も見ておりませんけれども、今委員から御指摘がありましたような、永住外国人とそしていわゆる一般の在住外国人、この点について大臣がどういうお考えを持っているのかということにつきましては、いろいろお話はしておりますけれども、今現在、ここで大臣のお考えをどうこうと述べる立場にはございませんので、そこのところは御理解いただければと思います。
[152]
自由民主党 高市早苗
副大臣は、御自身の考え方というのは全然ないんでしょうか。こういった考え方についてどう思われるかということを伺いましたが、ございませんか。
[153]
総務副大臣 渡辺周
私の政治信条につきましては、もうこれは委員も御存じのとおりだと思いますが、個人的な意見は、きょうは総務省の副大臣という形で答弁席に座っておりますので申し上げませんけれども、私の政治信条は御理解をいただいているものだというふうに御判断いただければと思います。
[154]
自由民主党 高市早苗
それでは、これから外国人参政権問題の主管の役所としていろいろと詰めていかれるお立場でございますので、私なりの考え方をお伝えして、ぜひとも御一考いただきたいと思っております。
サンフランシスコ平和条約が発効する直前に、法務府民事局長通達というものが出ております。昭和27年4月19日でございます。これは、「条約発効後に、朝鮮人及び台湾人が日本の国籍を取得するには、一般の外国人と同様、もつぱら国籍法の規定による帰化の手続によることを要する。」と記載されております。つまり、サンフランシスコ平和条約が発効してしまいますと、それをもって、それまで日本国籍であった朝鮮人、台湾人の方々は日本人ではなくなってしまいますので、その後国籍を取得するのは、ほかの国の外国人と同じような手続をとれますということが書いてあるんですね。
ですから、みずからの意思に反して条約の発効によって日本国籍を奪われたけれども日本人に戻りたいという方については、その道は閉ざされていなかったわけでございます。
私自身は、戦争が繰り返された不幸な時代にみずからの国籍を変更しなきゃならなかった方々が民族としての誇りを傷つけられた、そしてまた住みなれない土地で多くの困難に直面されたであろうということは、日本人として深く思いをいたさなければならないことだと考えております。
しかし、日本国籍を離脱しなければならなかったが日本人でいたいというような方々については、原口総務大臣がおっしゃるように外国人としての限定的な地方参政権を認めるよりも、日本人として国政参政権まで得ていただける帰化を勧めるのが順当だと考えております。ぜひともこの点をお伝えください。
先ほど来、原口大臣が示された2つの論拠というものについて、私の考えも申し上げました。その外務省の発表集の資料もあわせてお渡しいただけたらと思います。よろしくお願いいたします。
平成11年12月14日 参議院 外交・防衛委員会
[101]
社会民主党 田英夫
これは、日本ではほとんど知っている人はいない。私も実はごく最近まで知らなかったんですけれども、第二次世界大戦が終わった直後のまだ朝鮮半島が南北に分断をする前、李承晩政権が韓国で誕生する以前の1948年4月3日に、自分たちの祖国が分断をされるという動きが出てきていることに抗議をして、済州島の島民が武装蜂起して反対闘争に立ち上がった。これに対して、占領していたアメリカ軍も関与したと思われるんですが、実際に手を下したかどうかはわかりませんが、朝鮮側の官憲がこの民衆を殺りくして、名前がわかっているだけで1万5000人、不明者を含めると恐らく3万人の島民が殺されたと言われている事件であります。
私がこれを詳細に知りましたのは、実は昨年の8月、その済州島で、平和と人権に関するシンポジウムというのを韓国の人たちが主催して、NGOが主催してやりまして、そこにラモス・ホルタという東ティモールの例のノーベル平和賞をもらった人と、なぜか私が呼ばれて基調演説のようなことをやらされたわけですが、そのシンポジウムの主な目的はこの済州島事件の解明ということにありました。
韓国でも、実は米軍が関与していたということもあってこの問題については長らくタブーになって触れることができなかった。それが、金大中政権ができたからとは言いませんけれども、そのシンポジウムには韓国の金大中さんの与党の国民会議の議員も数人来ておりましたが、そういう中でかなり詳細に現地の島民の人たちの証言も出てまいりました。明らかになってきたところであります。
きょう、私があえてこれを取り上げようとしているのは、今、韓国の議会でこの問題についての法案が審議をされております。したがって、このことはこれから申し上げますけれども、日本の政府に対しても相当大きな影響が出てくると思われますので、あらかじめそれを申し上げておきたいわけです。
当時の状況は、私ども敗戦の中で混乱状態にありましたから、私も既に社会に出て新聞記者をやっていましたが、全くこの済州島事件は知りませんでした。当時、日本が敗戦ということになりまして日本の朝鮮半島植民地支配が終わった直後の段階では、朝鮮半島全土で朝鮮建国準備委員会というのができて、これは民間から自然発生的にできたようですが、略称を建準と言っているようです。こういう組織ができて各地にその支部ができた。済州島にもそれができた。この人たちが中心になって蜂起をしたようでありますが、こういう背景の中で、同時に一方で李承晩政権が生まれようとしていた。ということは、李承晩政権が生まれれば朝鮮半島分断が現実化してしまう、このことにこの建準、建国準備委員会の人たちは反対をしたわけですね。
したがって、いきなり戦争が終わった直後にもう南北朝鮮が分断したんじゃなくて、朝鮮の人たち自身は自分たちの手で一つの国をつくろうとした。にもかかわらず、これに対して、占領していたアメリカ軍は、この建国準備委員会は左翼勢力であるという判断をしてこれを弾圧し始めたという経緯があります。そういうことの中で結局李承晩政権ができて、そして弾圧でさっき申し上げたような事態につながっていったようであります。
現在、韓国議会で審議をされております法律案は、済州島四・三事件真相究明及び犠牲者名誉回復に関する特別法案という名前の法案で、与野党が話し合った結果一本化して、与野党合意の上で一本化した法案になって現在審議が行われている、こういうことであります。
第1は、済州島事件というのは、四・三事件というのはどういうものかという規定をしている。それは、事件の起こる前の年の1947年の3月1日にいわゆる三・一事件、日本に抗議したあの事件の記念日の集会で青年が殺されたということから始まって、そしてずっと行って1954年、朝鮮戦争が終わった後の1954年の9月21日に、完全にその蜂起した勢力は平定されてしまうわけですが、それまでの間全部を済州島事件というというふうに規定をされています。
そして、これに対して、今までタブーで真相がわからなかったから、日本でいえば総理大臣、国務総理を委員長とする済州島四・三事件真相究明及び犠牲者名誉回復委員会というものを設置する。それから、その実際の活動をするために済州島知事を委員長とする実務委員会をその下に設置するというようなことが内容になっておりまして、現実には、結果をまとめた白書を出すとか、あるいは慰霊碑をつくり慰霊祭をやる、それから資料館をつくるというようなことがこの法案の中に入っているそうであります。
きのう、韓国側の人に電話で聞きましたら、もちろん与野党一致して出しているものだから、これは通るだろう、間もなく年内に成立する。となると、時間がありませんから申し上げますが、本法施行から30日以内に韓国の在外公館は犠牲者及びその遺族に申告するように手続をとるべきである、とらなければならないという規定があるということです。
そうすると、日本に実は在日韓国人・朝鮮人、特に韓国の人の中に済州島出身者が非常に多い、これはそのときに逃れてきた人たちだと言われています。となると、その中から申請する人が出てくる、申告する人が出てくるだろう。ということになると、あの当時は、実は密入国者の扱いをしていた。実際はこれは政治亡命者として、あるいは政治難民として遇さなくちゃいけなかったんじゃないかということで、日本政府の対応を迫られることになります。
きょう、突然こういうことを申し上げて、お答えにくいと思いますが、お耳に入れておきますが、外務大臣のお考えを最後に伺って、終わります。
[102]
外務大臣 河野洋平
私も最近、済州島へ参りまして、済州島の方から日本にはこの島から行かれた人が大変多いんだという話を聞いたばかりでございます。
いろいろな経緯で日本へ来られた方がおられるので一概に言えないことだと思いますが、今、田議員から済州島事件についてお話を伺いまして、もうすぐ50年になるわけですが、50年前のこうした事件についても、その歴史的評価をきちんとしようという韓国、そしてさらにアメリカも加わっての作業がどういうふうに行われるか、それもよく見させていただきたいと思います。
日本におられる方々を政治難民として扱うべきだという今の御指摘でございますが、これはどういうふうに対応ができるか、突然のお尋ねで、私、ここで御返事を申し上げる材料を持っておりません。今の御指摘を踏まえて、ちょっと研究させていただきたいと思います。
社会民主党 田英夫
これは、日本ではほとんど知っている人はいない。私も実はごく最近まで知らなかったんですけれども、第二次世界大戦が終わった直後のまだ朝鮮半島が南北に分断をする前、李承晩政権が韓国で誕生する以前の1948年4月3日に、自分たちの祖国が分断をされるという動きが出てきていることに抗議をして、済州島の島民が武装蜂起して反対闘争に立ち上がった。これに対して、占領していたアメリカ軍も関与したと思われるんですが、実際に手を下したかどうかはわかりませんが、朝鮮側の官憲がこの民衆を殺りくして、名前がわかっているだけで1万5000人、不明者を含めると恐らく3万人の島民が殺されたと言われている事件であります。
私がこれを詳細に知りましたのは、実は昨年の8月、その済州島で、平和と人権に関するシンポジウムというのを韓国の人たちが主催して、NGOが主催してやりまして、そこにラモス・ホルタという東ティモールの例のノーベル平和賞をもらった人と、なぜか私が呼ばれて基調演説のようなことをやらされたわけですが、そのシンポジウムの主な目的はこの済州島事件の解明ということにありました。
韓国でも、実は米軍が関与していたということもあってこの問題については長らくタブーになって触れることができなかった。それが、金大中政権ができたからとは言いませんけれども、そのシンポジウムには韓国の金大中さんの与党の国民会議の議員も数人来ておりましたが、そういう中でかなり詳細に現地の島民の人たちの証言も出てまいりました。明らかになってきたところであります。
きょう、私があえてこれを取り上げようとしているのは、今、韓国の議会でこの問題についての法案が審議をされております。したがって、このことはこれから申し上げますけれども、日本の政府に対しても相当大きな影響が出てくると思われますので、あらかじめそれを申し上げておきたいわけです。
当時の状況は、私ども敗戦の中で混乱状態にありましたから、私も既に社会に出て新聞記者をやっていましたが、全くこの済州島事件は知りませんでした。当時、日本が敗戦ということになりまして日本の朝鮮半島植民地支配が終わった直後の段階では、朝鮮半島全土で朝鮮建国準備委員会というのができて、これは民間から自然発生的にできたようですが、略称を建準と言っているようです。こういう組織ができて各地にその支部ができた。済州島にもそれができた。この人たちが中心になって蜂起をしたようでありますが、こういう背景の中で、同時に一方で李承晩政権が生まれようとしていた。ということは、李承晩政権が生まれれば朝鮮半島分断が現実化してしまう、このことにこの建準、建国準備委員会の人たちは反対をしたわけですね。
したがって、いきなり戦争が終わった直後にもう南北朝鮮が分断したんじゃなくて、朝鮮の人たち自身は自分たちの手で一つの国をつくろうとした。にもかかわらず、これに対して、占領していたアメリカ軍は、この建国準備委員会は左翼勢力であるという判断をしてこれを弾圧し始めたという経緯があります。そういうことの中で結局李承晩政権ができて、そして弾圧でさっき申し上げたような事態につながっていったようであります。
現在、韓国議会で審議をされております法律案は、済州島四・三事件真相究明及び犠牲者名誉回復に関する特別法案という名前の法案で、与野党が話し合った結果一本化して、与野党合意の上で一本化した法案になって現在審議が行われている、こういうことであります。
第1は、済州島事件というのは、四・三事件というのはどういうものかという規定をしている。それは、事件の起こる前の年の1947年の3月1日にいわゆる三・一事件、日本に抗議したあの事件の記念日の集会で青年が殺されたということから始まって、そしてずっと行って1954年、朝鮮戦争が終わった後の1954年の9月21日に、完全にその蜂起した勢力は平定されてしまうわけですが、それまでの間全部を済州島事件というというふうに規定をされています。
そして、これに対して、今までタブーで真相がわからなかったから、日本でいえば総理大臣、国務総理を委員長とする済州島四・三事件真相究明及び犠牲者名誉回復委員会というものを設置する。それから、その実際の活動をするために済州島知事を委員長とする実務委員会をその下に設置するというようなことが内容になっておりまして、現実には、結果をまとめた白書を出すとか、あるいは慰霊碑をつくり慰霊祭をやる、それから資料館をつくるというようなことがこの法案の中に入っているそうであります。
きのう、韓国側の人に電話で聞きましたら、もちろん与野党一致して出しているものだから、これは通るだろう、間もなく年内に成立する。となると、時間がありませんから申し上げますが、本法施行から30日以内に韓国の在外公館は犠牲者及びその遺族に申告するように手続をとるべきである、とらなければならないという規定があるということです。
そうすると、日本に実は在日韓国人・朝鮮人、特に韓国の人の中に済州島出身者が非常に多い、これはそのときに逃れてきた人たちだと言われています。となると、その中から申請する人が出てくる、申告する人が出てくるだろう。ということになると、あの当時は、実は密入国者の扱いをしていた。実際はこれは政治亡命者として、あるいは政治難民として遇さなくちゃいけなかったんじゃないかということで、日本政府の対応を迫られることになります。
きょう、突然こういうことを申し上げて、お答えにくいと思いますが、お耳に入れておきますが、外務大臣のお考えを最後に伺って、終わります。
[102]
外務大臣 河野洋平
私も最近、済州島へ参りまして、済州島の方から日本にはこの島から行かれた人が大変多いんだという話を聞いたばかりでございます。
いろいろな経緯で日本へ来られた方がおられるので一概に言えないことだと思いますが、今、田議員から済州島事件についてお話を伺いまして、もうすぐ50年になるわけですが、50年前のこうした事件についても、その歴史的評価をきちんとしようという韓国、そしてさらにアメリカも加わっての作業がどういうふうに行われるか、それもよく見させていただきたいと思います。
日本におられる方々を政治難民として扱うべきだという今の御指摘でございますが、これはどういうふうに対応ができるか、突然のお尋ねで、私、ここで御返事を申し上げる材料を持っておりません。今の御指摘を踏まえて、ちょっと研究させていただきたいと思います。
平成11年06月08日 参議院 外交・防衛委員会
[093]
社会民主党 田英夫
またもう一つ、余り知られていないことで、これは御質問しませんけれども、1948年、昭和23年4月の済州島事件、韓国ではチェジュ島事件と言っておりますが、そういう事件があって2万人を超す人が殺された。しかも、驚くべきことにこれはアメリカ軍が中心になって、韓国の警察も加わってそういう事件が起きてしまった。
それは李承晩政権ができて、朝鮮半島が南北に分断するということが明白になった段階でそれに反対する人たちが蜂起した。当時のアメリカ占領軍としては、それは好ましくないということでそういう弾圧になったという。私は、昨年現地へ行って50周年の会合に出てそのことを明白に知りました。韓国でもこのことは長いことタブーになっていた。つまり、アメリカ軍が関与しているということだと思います。
そういうことがあって、そのときに、近いですから、かなりの数の人が昭和23年という段階で、日本もまだ入国の手続等のことについて完備していなかったこともあり、結果的には密入国だろうと言われているんですが、かなりの数の人が日本に逃げてきたということがあります。
したがって、在日の中に、数はそんなに多くはないでしょうけれども、比率からいえば少ないでしょうけれども、そういう人もまじっているかもしれないということも指摘しておきたいんです。
社会民主党 田英夫
またもう一つ、余り知られていないことで、これは御質問しませんけれども、1948年、昭和23年4月の済州島事件、韓国ではチェジュ島事件と言っておりますが、そういう事件があって2万人を超す人が殺された。しかも、驚くべきことにこれはアメリカ軍が中心になって、韓国の警察も加わってそういう事件が起きてしまった。
それは李承晩政権ができて、朝鮮半島が南北に分断するということが明白になった段階でそれに反対する人たちが蜂起した。当時のアメリカ占領軍としては、それは好ましくないということでそういう弾圧になったという。私は、昨年現地へ行って50周年の会合に出てそのことを明白に知りました。韓国でもこのことは長いことタブーになっていた。つまり、アメリカ軍が関与しているということだと思います。
そういうことがあって、そのときに、近いですから、かなりの数の人が昭和23年という段階で、日本もまだ入国の手続等のことについて完備していなかったこともあり、結果的には密入国だろうと言われているんですが、かなりの数の人が日本に逃げてきたということがあります。
したがって、在日の中に、数はそんなに多くはないでしょうけれども、比率からいえば少ないでしょうけれども、そういう人もまじっているかもしれないということも指摘しておきたいんです。
平成04年05月12日 参議院 法務委員会
[070]
参考人(弁護士) 新美隆
このときの指紋を導入せざるを得なかった理由というのは、朝鮮半島からの密入国者の取り締まりということに尽きたわけであります。
1952年4月の「警察時報」という雑誌に国警本部警備課の担当者が次のように書いております。在日朝鮮人というのは100万を既に51年段階で超えていたはずだ。しかし、51年10月末の登録人数というのは56万人しかいない。すると、約40万人近くが不正規在留者として我が国に存在をしていることになる。この人たちをどうするかと。
こういう発想がこの51年段階での警察及びこの特別委員会の発想でもありました。
一たん日本社会に潜り込んでしまったこの不正規在留者、不正規居住者をどのようにしてあぶり出していくのか、当時は朝鮮戦争下でもありましたから、これは同時に防諜の目的も持っておったわけであります。ここで指紋が導入されたわけであります。
当時は、一人の密入国者でもこれを見逃せば国家の利益に対して取り返しのつかない不利益があり得るというこの発想に縛られておりました。そのために、外国人登録証明書に従来写真だけ張ってあったのを指紋をも加える、そして法務省入国管理局ですべての外国人から押された指紋の原紙を切りかえ年度ごとに照合して鑑識をする、それで一たん潜り込んでしまった不正規在留者をあぶり出し、選別していくというのがこの52年以降の指紋制度の実質でありました。
ところが、55年以降の指紋制度の体制というものは、1958年に日中貿易を促進するために1年未満の在留者の指紋免除を政治的にせざるを得なかったことによって大きな一角が崩れただけではなくて、実際にもそのような人員と費用をかけての効果というのはあらわれませんでした。そして、ついに1970年には指紋照合の体制というものを法務省当局は中止しましたし、74年には法務省にとって最も重要な指紋原紙の省略通達まで出しております。このころには既に、人権とかそういうものを仮に外したとしても、指紋制度の効用というのは終わっておったわけであります。この時点で法務省当局は事態を明らかにして指紋を廃止すべきであった、歴史的に考えるとそういうことが言えるのではないかと思うわけであります。
現在、過去のアジアに対する日本の侵略とか植民地支配の見直しの問題、克復の問題、補償の問題というのがいろいろ問われております。
1952年、占領から脱すると同時に我が国が自前で外国人登録法を立法したときに、日本の制度の中では初めて行政制度としての指紋制度を導入してしまったというのは、ある意味では不幸な、誤った出発であったというふうに考えざるを得ません。
指紋制度は、現在の自衛隊と同じように朝鮮戦争の落とし子であります。
参考人(弁護士) 新美隆
このときの指紋を導入せざるを得なかった理由というのは、朝鮮半島からの密入国者の取り締まりということに尽きたわけであります。
1952年4月の「警察時報」という雑誌に国警本部警備課の担当者が次のように書いております。在日朝鮮人というのは100万を既に51年段階で超えていたはずだ。しかし、51年10月末の登録人数というのは56万人しかいない。すると、約40万人近くが不正規在留者として我が国に存在をしていることになる。この人たちをどうするかと。
こういう発想がこの51年段階での警察及びこの特別委員会の発想でもありました。
一たん日本社会に潜り込んでしまったこの不正規在留者、不正規居住者をどのようにしてあぶり出していくのか、当時は朝鮮戦争下でもありましたから、これは同時に防諜の目的も持っておったわけであります。ここで指紋が導入されたわけであります。
当時は、一人の密入国者でもこれを見逃せば国家の利益に対して取り返しのつかない不利益があり得るというこの発想に縛られておりました。そのために、外国人登録証明書に従来写真だけ張ってあったのを指紋をも加える、そして法務省入国管理局ですべての外国人から押された指紋の原紙を切りかえ年度ごとに照合して鑑識をする、それで一たん潜り込んでしまった不正規在留者をあぶり出し、選別していくというのがこの52年以降の指紋制度の実質でありました。
ところが、55年以降の指紋制度の体制というものは、1958年に日中貿易を促進するために1年未満の在留者の指紋免除を政治的にせざるを得なかったことによって大きな一角が崩れただけではなくて、実際にもそのような人員と費用をかけての効果というのはあらわれませんでした。そして、ついに1970年には指紋照合の体制というものを法務省当局は中止しましたし、74年には法務省にとって最も重要な指紋原紙の省略通達まで出しております。このころには既に、人権とかそういうものを仮に外したとしても、指紋制度の効用というのは終わっておったわけであります。この時点で法務省当局は事態を明らかにして指紋を廃止すべきであった、歴史的に考えるとそういうことが言えるのではないかと思うわけであります。
現在、過去のアジアに対する日本の侵略とか植民地支配の見直しの問題、克復の問題、補償の問題というのがいろいろ問われております。
1952年、占領から脱すると同時に我が国が自前で外国人登録法を立法したときに、日本の制度の中では初めて行政制度としての指紋制度を導入してしまったというのは、ある意味では不幸な、誤った出発であったというふうに考えざるを得ません。
指紋制度は、現在の自衛隊と同じように朝鮮戦争の落とし子であります。
昭和61年04月08日 衆議院 法務委員会
[183]
民社党 横手文雄
ただ、繰り返して申し上げるようでございますけれども、過去における日本政府の植民地支配の責任を償い、これまでに与えたさまざまな不利益を救済するために、少なくとも協定永住人については外国人登録証の常時携帯義務、指紋押捺義務等は免除するというような特別立法の措置が必要ではありませんか、こう申し上げているのでございますが、いかがでございますか。
[184]
政府委員(法務省入国管理局長) 小林俊二
先生御指摘の点を検討いたしますには、これらの制度の由来あるいは実態について考慮を払う必要があろうかと存じます。
御承知のように、指紋押捺制度というものは昭和22年に外国人登録制度が導入されました際、あるいは設立されました際には存在しなかったのでございます。この制度が導入されましたのはそれから5年後の昭和27年でございました。実際に実施に移されたのはさらに3年後の昭和30年でございますけれども、なぜこの制度が導入されたかと申しますと、それは昭和22年から昭和27年に至る5年間における外国人登録制度の混乱に起因するものでございます。
すなわちその混乱は、朝鮮戦争といった事態もございまして、一たん朝鮮半島に帰国した人々が大挙して密入国してきたということによって生じたわけでございます。これらの人々によって不正登録あるいは二重登録、三重登録といった登録が実施されまして、そして入手した登録証明書を密入国者が携帯して正規在留者を装ったということによって我が国の外国人登録制度が非常な混乱に陥ったという事実があるのでございます。こうした事実を是正する必要上、27年に外国人登録法が制定されます際に指紋制度が導入されたという経緯がございます。
もちろん情勢はその後鎮静化、安定化してきております。しかしながら、現在なお毎年約500名に上る密入国者が摘発されて処理されておるのでございます。これらの密入国者はいずれも朝鮮半島出身者でございます。したがって、密入国を問題とする際に問題としなくてはならないのは、あくまでも朝鮮半島からの密入国ということに限られるのでございます。もちろん不法残留、これは東南アジアからの入国者によるケースが多うございますけれども、その点も考えなくてはなりません。
しかしながら最も問題となりますのは、できれば正規在留を装うであろう人々、すなわち密入国者の問題でございます。とすれば、これらの人々が引き続き朝鮮半島から日本にやってきておる、今なお潜在している密入国者が大阪地方を中心にして数万に上るという状況の中で、彼らが装うであろう正規在留者は当然のことながら朝鮮半島出身者であります。したがって、朝鮮半島出身者であって、現在我が国に正規に在留している人々が正規在留者であることを証明する手段を設けることは、こうした観点からやむを得ないところであろうかと思います。言いかえれば、朝鮮半島出身者である永住者を、現在問題になっておりますような外国人登録制度の諸要件、端的に言えば、指紋制度の対象から外すとするならば、指紋制度が本来持って生まれたところの目的を達することができなくなるということがこの問題の解決を難しくしているということなのでございます。
民社党 横手文雄
ただ、繰り返して申し上げるようでございますけれども、過去における日本政府の植民地支配の責任を償い、これまでに与えたさまざまな不利益を救済するために、少なくとも協定永住人については外国人登録証の常時携帯義務、指紋押捺義務等は免除するというような特別立法の措置が必要ではありませんか、こう申し上げているのでございますが、いかがでございますか。
[184]
政府委員(法務省入国管理局長) 小林俊二
先生御指摘の点を検討いたしますには、これらの制度の由来あるいは実態について考慮を払う必要があろうかと存じます。
御承知のように、指紋押捺制度というものは昭和22年に外国人登録制度が導入されました際、あるいは設立されました際には存在しなかったのでございます。この制度が導入されましたのはそれから5年後の昭和27年でございました。実際に実施に移されたのはさらに3年後の昭和30年でございますけれども、なぜこの制度が導入されたかと申しますと、それは昭和22年から昭和27年に至る5年間における外国人登録制度の混乱に起因するものでございます。
すなわちその混乱は、朝鮮戦争といった事態もございまして、一たん朝鮮半島に帰国した人々が大挙して密入国してきたということによって生じたわけでございます。これらの人々によって不正登録あるいは二重登録、三重登録といった登録が実施されまして、そして入手した登録証明書を密入国者が携帯して正規在留者を装ったということによって我が国の外国人登録制度が非常な混乱に陥ったという事実があるのでございます。こうした事実を是正する必要上、27年に外国人登録法が制定されます際に指紋制度が導入されたという経緯がございます。
もちろん情勢はその後鎮静化、安定化してきております。しかしながら、現在なお毎年約500名に上る密入国者が摘発されて処理されておるのでございます。これらの密入国者はいずれも朝鮮半島出身者でございます。したがって、密入国を問題とする際に問題としなくてはならないのは、あくまでも朝鮮半島からの密入国ということに限られるのでございます。もちろん不法残留、これは東南アジアからの入国者によるケースが多うございますけれども、その点も考えなくてはなりません。
しかしながら最も問題となりますのは、できれば正規在留を装うであろう人々、すなわち密入国者の問題でございます。とすれば、これらの人々が引き続き朝鮮半島から日本にやってきておる、今なお潜在している密入国者が大阪地方を中心にして数万に上るという状況の中で、彼らが装うであろう正規在留者は当然のことながら朝鮮半島出身者であります。したがって、朝鮮半島出身者であって、現在我が国に正規に在留している人々が正規在留者であることを証明する手段を設けることは、こうした観点からやむを得ないところであろうかと思います。言いかえれば、朝鮮半島出身者である永住者を、現在問題になっておりますような外国人登録制度の諸要件、端的に言えば、指紋制度の対象から外すとするならば、指紋制度が本来持って生まれたところの目的を達することができなくなるということがこの問題の解決を難しくしているということなのでございます。
昭和59年04月19日 衆議院 決算委員会
[141]
政府委員(法務省入国管理局長) 田中常雄
外国人登録法の目的は、在留外国人の身分関係、居住関係を明らかにし、そして公正な管理を行うということになっておりますが、この身分関係、居住関係を明らかにするためには、外国人の同一人性を確認する必要があるわけでございます。その同一人性を確認するためには、指紋が持っている万人不同という特性を使う必要があったからこれをやっているわけでございます。
また、指紋制度を採用しているのは、世界において我が国だけではございませんでして、世界に約33カ国ございます。そして、そのいずれの国においても指紋が人権違反であるという声は起きていないと聞いております。
[142]
公明党 近江巳記夫
この押捺制度というのを実施し出したのは、朝鮮戦争の後、韓国等からの密入国者がふえてきた、しかも、写真を張りかえるなど登録証明書を偽造する、不正使用する、そういうケースが頻発したのが理由であるということを聞いておるわけです。
しかし、密入国者も現在非常に減少しておるわけで、また同一人性確認の方法がいろいろ開発されていると思うのです。例えば現在の自動車の運転免許証にしても、写真を、何というのですか型で押さえてはがれないようにしておるとか、写真の方も非常によくなっておりますし、時代の進展とともにいろいろなことが開発をされてきておるわけですね。いつまでもそういう制度に、これだけ人権問題にも絡んでおる制度でございますし、それに固執するということはどうかと私は思うのですね。ですから、かたくなにそういう指紋押捺の義務を課し続ける必要があるかどうか、非常に大きな疑問を感じるわけなんですよ。ですから、そういう点で、その同一人性の確認ということであるならもっと科学的にいい方法がないかということを考えてないのですか、これだけ問題になっておるのに。それはいかがですか、大臣。
政府委員(法務省入国管理局長) 田中常雄
外国人登録法の目的は、在留外国人の身分関係、居住関係を明らかにし、そして公正な管理を行うということになっておりますが、この身分関係、居住関係を明らかにするためには、外国人の同一人性を確認する必要があるわけでございます。その同一人性を確認するためには、指紋が持っている万人不同という特性を使う必要があったからこれをやっているわけでございます。
また、指紋制度を採用しているのは、世界において我が国だけではございませんでして、世界に約33カ国ございます。そして、そのいずれの国においても指紋が人権違反であるという声は起きていないと聞いております。
[142]
公明党 近江巳記夫
この押捺制度というのを実施し出したのは、朝鮮戦争の後、韓国等からの密入国者がふえてきた、しかも、写真を張りかえるなど登録証明書を偽造する、不正使用する、そういうケースが頻発したのが理由であるということを聞いておるわけです。
しかし、密入国者も現在非常に減少しておるわけで、また同一人性確認の方法がいろいろ開発されていると思うのです。例えば現在の自動車の運転免許証にしても、写真を、何というのですか型で押さえてはがれないようにしておるとか、写真の方も非常によくなっておりますし、時代の進展とともにいろいろなことが開発をされてきておるわけですね。いつまでもそういう制度に、これだけ人権問題にも絡んでおる制度でございますし、それに固執するということはどうかと私は思うのですね。ですから、かたくなにそういう指紋押捺の義務を課し続ける必要があるかどうか、非常に大きな疑問を感じるわけなんですよ。ですから、そういう点で、その同一人性の確認ということであるならもっと科学的にいい方法がないかということを考えてないのですか、これだけ問題になっておるのに。それはいかがですか、大臣。
昭和50年02月25日 衆議院 予算委員会第一分科会
[109]
公明党 鬼木勝利
それから、最後に大臣に総合的にちょっと私、お願いがあるのですが、これは単に外国人タレントの入国者のみならず、これは正式なビザを持って入国をする方は別でございますが、そういうもぐりの方の問題をきょう私、取り上げたわけですが、これは全体の一般密航者ですが、承るところによりますと、現在推定で10万人ある。これは流動しているのではなくして、現在日本に在留しておる密航者が10万人ぐらいあるのだというお話を承っておる。
私は九州ですが、長崎に大村収容所がございまして、今度新たに建てかわっておりますが、聞くところによりますと300人ばかり収容ができる。そうすると、現在日本に密航在留者が10万人もおるとすると、これはもう暗黙のうちに10万人は定着したようになっているのじゃないか。
何でも年に2回ほど送還の船が出る。年に2回船を出したからといっても、10万人の密航者ということになれば、これをもっと厳しく取り締まって、年に5回も10回も船を出して送還でもするというようなことにしなければならない。しかし、長崎の収容所には300人しか入れられませんから、入れるところがないから、送還をさせないで、そのままに10万人定着させてほったらかしているのか。これを年に5回も10回も手をつければ入れるところがない、船は年に2回しか出していない、そういうことで黙認して、10万人ということがみすみすわかっておりながら、むろん推定でございますけれども、放任してあるのか。
こういうことになりますと、先ほどのはそういうよからぬのがやってきて、バンドマンも困ったというようなことの陳情を私、受けたということを申し上げた。ところが、現在日本に10万人からの密航者があるということになりますと、これは大半労働者と思いますが、そうすると、やはり日本の労働者をこれは非常に圧迫する。
向こうは低賃金でございます。彼らは労働を目的としていますから、体も非常に強いし、仕事もできます。それを低賃金で雇用する。そうすると、やはり日本人の労働者を圧迫する。
これらはおおむね労働者と思います。ほかにもたくさんおると思いますし、いろいろな各種の職業の方がおられると思うが、大体労働者と思う。そうしますと、やはり日本の労働者を非常に圧迫するということになる。
そういう点におきまして、これは大臣にお願いですけれども、何らかの方法でこの密航者はやはり私は整理すべきだ、かように考えますが、その点、大臣のお考えはいかがでございますか、ちょっと承りたい。
[110]
法務大臣 稻葉修
法務大臣就任早々、各局の所管事項の説明を承りました際に、入国管理局長の説明の中にもそういうことがございまして、先生御指摘のとおり、相当な人数の密入国者が在留していることは、労働移民を黙認しているようなものでございまして、わが国労働市場を圧迫することは当然でございますから、鋭意こういう点についての改善を、入国管理当局によく改善策を講ずるように、先生の御指摘のようなことに対応して体制を整えるようにということを申している段階でございます。なるべく早く先生の御指摘のような弊害が除去されるように、一生懸命にやりたいと思っております。
公明党 鬼木勝利
それから、最後に大臣に総合的にちょっと私、お願いがあるのですが、これは単に外国人タレントの入国者のみならず、これは正式なビザを持って入国をする方は別でございますが、そういうもぐりの方の問題をきょう私、取り上げたわけですが、これは全体の一般密航者ですが、承るところによりますと、現在推定で10万人ある。これは流動しているのではなくして、現在日本に在留しておる密航者が10万人ぐらいあるのだというお話を承っておる。
私は九州ですが、長崎に大村収容所がございまして、今度新たに建てかわっておりますが、聞くところによりますと300人ばかり収容ができる。そうすると、現在日本に密航在留者が10万人もおるとすると、これはもう暗黙のうちに10万人は定着したようになっているのじゃないか。
何でも年に2回ほど送還の船が出る。年に2回船を出したからといっても、10万人の密航者ということになれば、これをもっと厳しく取り締まって、年に5回も10回も船を出して送還でもするというようなことにしなければならない。しかし、長崎の収容所には300人しか入れられませんから、入れるところがないから、送還をさせないで、そのままに10万人定着させてほったらかしているのか。これを年に5回も10回も手をつければ入れるところがない、船は年に2回しか出していない、そういうことで黙認して、10万人ということがみすみすわかっておりながら、むろん推定でございますけれども、放任してあるのか。
こういうことになりますと、先ほどのはそういうよからぬのがやってきて、バンドマンも困ったというようなことの陳情を私、受けたということを申し上げた。ところが、現在日本に10万人からの密航者があるということになりますと、これは大半労働者と思いますが、そうすると、やはり日本の労働者をこれは非常に圧迫する。
向こうは低賃金でございます。彼らは労働を目的としていますから、体も非常に強いし、仕事もできます。それを低賃金で雇用する。そうすると、やはり日本人の労働者を圧迫する。
これらはおおむね労働者と思います。ほかにもたくさんおると思いますし、いろいろな各種の職業の方がおられると思うが、大体労働者と思う。そうしますと、やはり日本の労働者を非常に圧迫するということになる。
そういう点におきまして、これは大臣にお願いですけれども、何らかの方法でこの密航者はやはり私は整理すべきだ、かように考えますが、その点、大臣のお考えはいかがでございますか、ちょっと承りたい。
[110]
法務大臣 稻葉修
法務大臣就任早々、各局の所管事項の説明を承りました際に、入国管理局長の説明の中にもそういうことがございまして、先生御指摘のとおり、相当な人数の密入国者が在留していることは、労働移民を黙認しているようなものでございまして、わが国労働市場を圧迫することは当然でございますから、鋭意こういう点についての改善を、入国管理当局によく改善策を講ずるように、先生の御指摘のようなことに対応して体制を整えるようにということを申している段階でございます。なるべく早く先生の御指摘のような弊害が除去されるように、一生懸命にやりたいと思っております。
昭和37年08月24日 衆議院 法務委員会
[085]
日本社会党(社会民主党) 猪俣浩三
質問の要旨をよく御理解いただくために多少の前文句を申しますが、御存じのように李承晩政権というものがありまして、これが相当長く続いた。ところが、李承晩のやり方に対して相当反対の人たちが韓国にふえて参りまして、1958年に大統領の選挙がありましたときに、この李承晩に対立いたしまして、チョ・ボンアムという人が候補に立ちまして、この人は非常に人気のある人で、公平に選挙をやったならば、この人が大統領に当選する可能性があったわけであります。
この人が進歩党なるものを組織いたしまして、韓国に一大進歩的政権樹立のために運動したわけであります。そうすると、この人は李承晩政権によって逮捕せられ、1959年、大統領の選挙があった翌年には遂に死刑に処せられてしまった。当時この進歩党の結成などに奔走しておった進歩的な分子、おもに学生なんかが多いのですが、日本に相当脱出して参りました。
なお、続いて1960年の大統領選挙には、御存じのように李承晩が驚くべき不正選挙をやりまして、これが遂に彼が崩壊しなければならない運命を作ったものでありますが、この際にも相当の脱出者があったわけであります。
なおまた遠くさかのぼるなれば、朝鮮戦争のときに、やはりいろいろの事情から日本に脱出してきた学生なんかが相当あるわけであります。ある人間などは、日本に留学するについては向こうで試験がある、その日本に来る試験には合格したにかかわらず、アメリカのGHQの許可がなければ日本に来れない。朝鮮戦争で許可などという手続をやっている余裕がない、そこで好学のあまり日本に脱出してきた。
日本では、その事情を認めて滞留許可をして勉学をされておったのでありますが、御存じのように昨年は朴政権なるものができた。これはクーデターによって樹立されたファッショ政権であることは天下公知の事実であります。そこで、これらのいろいろの政変下において日本に脱出してきた人たち、ことに学生等で、この朴政権下に帰りますと、人身の自由その他生命の危険さえ脅かされる者が相当出てきたのでありまして、現にずっと李承晩政権あるいは張勉内閣当時から国家の補助によって日本に留学していた学生が、朴政権に反対運動をやったということで相当人数奨学金の停止処分を受けている。その中にはすでに強制退去の命令を受けている者もあるわけであります。こういう人間ども、ことに大多数は学生でありますが、学生はどこの国でも非常に進歩的な分子が多いわけでありまして、朴政権に反対し、そして南北統一をはかり、民族の独立をはかるということで、日本に来ております学生はその中心勢力になって運動をやっておるわけであります。
日本社会党(社会民主党) 猪俣浩三
質問の要旨をよく御理解いただくために多少の前文句を申しますが、御存じのように李承晩政権というものがありまして、これが相当長く続いた。ところが、李承晩のやり方に対して相当反対の人たちが韓国にふえて参りまして、1958年に大統領の選挙がありましたときに、この李承晩に対立いたしまして、チョ・ボンアムという人が候補に立ちまして、この人は非常に人気のある人で、公平に選挙をやったならば、この人が大統領に当選する可能性があったわけであります。
この人が進歩党なるものを組織いたしまして、韓国に一大進歩的政権樹立のために運動したわけであります。そうすると、この人は李承晩政権によって逮捕せられ、1959年、大統領の選挙があった翌年には遂に死刑に処せられてしまった。当時この進歩党の結成などに奔走しておった進歩的な分子、おもに学生なんかが多いのですが、日本に相当脱出して参りました。
なお、続いて1960年の大統領選挙には、御存じのように李承晩が驚くべき不正選挙をやりまして、これが遂に彼が崩壊しなければならない運命を作ったものでありますが、この際にも相当の脱出者があったわけであります。
なおまた遠くさかのぼるなれば、朝鮮戦争のときに、やはりいろいろの事情から日本に脱出してきた学生なんかが相当あるわけであります。ある人間などは、日本に留学するについては向こうで試験がある、その日本に来る試験には合格したにかかわらず、アメリカのGHQの許可がなければ日本に来れない。朝鮮戦争で許可などという手続をやっている余裕がない、そこで好学のあまり日本に脱出してきた。
日本では、その事情を認めて滞留許可をして勉学をされておったのでありますが、御存じのように昨年は朴政権なるものができた。これはクーデターによって樹立されたファッショ政権であることは天下公知の事実であります。そこで、これらのいろいろの政変下において日本に脱出してきた人たち、ことに学生等で、この朴政権下に帰りますと、人身の自由その他生命の危険さえ脅かされる者が相当出てきたのでありまして、現にずっと李承晩政権あるいは張勉内閣当時から国家の補助によって日本に留学していた学生が、朴政権に反対運動をやったということで相当人数奨学金の停止処分を受けている。その中にはすでに強制退去の命令を受けている者もあるわけであります。こういう人間ども、ことに大多数は学生でありますが、学生はどこの国でも非常に進歩的な分子が多いわけでありまして、朴政権に反対し、そして南北統一をはかり、民族の独立をはかるということで、日本に来ております学生はその中心勢力になって運動をやっておるわけであります。
昭和33年02月17日 衆議院 予算委員会第一分科会
[047]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
この問題は、あとでいま一度触れたいと思っております。ここで1つ外務大臣に聞いておきたいのは、2月15日までに、大村収容所と釜山収容所にいる日韓の抑留された者の交換を、相互釈放するという方針を、昨年の暮れに約束なさった、こういうように聞いておりますが、それは事実ですか。
[048]
外務大臣 藤山愛一郎
事実でございます。
[049]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
その後、その約束に従っての仕事は、どういうふうに進んでおりますか。
[050]
外務大臣 藤山愛一郎
アジア局長から説明させます。
[051]
政府委員(外務事務官(アジア局長)) 板垣修
本年の1月の初めから、この実施につきまして、日韓連絡会議でいろいろと協議をした結果、大村におりまする韓国人の国内釈放につきましては全部完了いたしました。釜山におります日本人の漁夫の帰還につきましては、御承知のように、第1船で300名が無事日本に帰りました。
なお大村等におりまする不法入国者の韓国送還の問題につきましても、第1次船約200名が20日に出ることになっております。
その後、日本人の漁夫の送還問題につきましては、第2船以下がまだとだえておるわけでありまするが、これにつきましては、不法入国者の送還等に関しまするいろいろな実施上の点で、多少問題が残っておりますので、ただいま韓国側の主席代表でありまする柳公使が本国に帰って打ち合せ中でございますので、これが帰って参りましたら、なお打開が進むものと私どもは期待しております。
[052]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
釜山収容所におる日本人の正確な数、それから大村収容所におる者の正確な数、そういうものをこの際明らかにして下さい。
[053]
政府委員(外務事務官(アジア局長)) 板垣修
釜山におります日本人の漁夫は、全部で952名であります。そのうち29名のまだ刑を了しない者が釜山に残っておりますが、922名が刑を了した者でありまして、これが日本に送還されることになっております。なお残りの29名につきましては、一応昨年末の協定の範囲外でありますので、これも随時刑が終り次第日本に帰るということになっております。
なお大村等におりまする不法入国者等の全員は1260名になっております。
[054]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
この1260名と、それから951名ですか、この1951名の中で、今までに相互釈放で帰ったり、あるいは向うの国内釈放した人間を、もう一ぺんはっきり言って下さい。
[055]
政府委員(外務事務官(アジア局長)) 板垣修
釜山におります日本人漁夫で、帰って参りましたものが300、それから不法入国者で韓国に送還されるべき者の予定が第1次250名の予定で、これは20日に帰る予定でございます。
日本社会党(社会民主党) 石野久男
この問題は、あとでいま一度触れたいと思っております。ここで1つ外務大臣に聞いておきたいのは、2月15日までに、大村収容所と釜山収容所にいる日韓の抑留された者の交換を、相互釈放するという方針を、昨年の暮れに約束なさった、こういうように聞いておりますが、それは事実ですか。
[048]
外務大臣 藤山愛一郎
事実でございます。
[049]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
その後、その約束に従っての仕事は、どういうふうに進んでおりますか。
[050]
外務大臣 藤山愛一郎
アジア局長から説明させます。
[051]
政府委員(外務事務官(アジア局長)) 板垣修
本年の1月の初めから、この実施につきまして、日韓連絡会議でいろいろと協議をした結果、大村におりまする韓国人の国内釈放につきましては全部完了いたしました。釜山におります日本人の漁夫の帰還につきましては、御承知のように、第1船で300名が無事日本に帰りました。
なお大村等におりまする不法入国者の韓国送還の問題につきましても、第1次船約200名が20日に出ることになっております。
その後、日本人の漁夫の送還問題につきましては、第2船以下がまだとだえておるわけでありまするが、これにつきましては、不法入国者の送還等に関しまするいろいろな実施上の点で、多少問題が残っておりますので、ただいま韓国側の主席代表でありまする柳公使が本国に帰って打ち合せ中でございますので、これが帰って参りましたら、なお打開が進むものと私どもは期待しております。
[052]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
釜山収容所におる日本人の正確な数、それから大村収容所におる者の正確な数、そういうものをこの際明らかにして下さい。
[053]
政府委員(外務事務官(アジア局長)) 板垣修
釜山におります日本人の漁夫は、全部で952名であります。そのうち29名のまだ刑を了しない者が釜山に残っておりますが、922名が刑を了した者でありまして、これが日本に送還されることになっております。なお残りの29名につきましては、一応昨年末の協定の範囲外でありますので、これも随時刑が終り次第日本に帰るということになっております。
なお大村等におりまする不法入国者等の全員は1260名になっております。
[054]
日本社会党(社会民主党) 石野久男
この1260名と、それから951名ですか、この1951名の中で、今までに相互釈放で帰ったり、あるいは向うの国内釈放した人間を、もう一ぺんはっきり言って下さい。
[055]
政府委員(外務事務官(アジア局長)) 板垣修
釜山におります日本人漁夫で、帰って参りましたものが300、それから不法入国者で韓国に送還されるべき者の予定が第1次250名の予定で、これは20日に帰る予定でございます。
昭和31年04月06日 衆議院 法務委員会
[057]
自由民主党 高瀬傳
いろいろその事情はおありになるでありましょうが、私どもが全く釈然としないのは、不法に入国してきた連中、大村収容所の連中、朝鮮人1434名、これらの密入国者と刑余者をひっくるめて、それと日本の漁夫691名とを、あたかもそれらが一見交換と思われるような条件でこの取りきめが行われようとしておるわけであります。
しかも、日本の漁夫については、われわれは全然李ラインなどは認めておらず、釜山に抑留されておるわれわれの同胞は公海の自由の原則に従って漁業を営んでおった者で、これを刑余者などとは何ら見ておらないのでありますが、韓国から見て、刑を終ったと思われる者だけと交換するという。われわれの方は日本の国法に従って刑余者を収容しておる。
[063]
自由民主党 池田清志
朝鮮半島に不法監禁されている日本人を早く帰してほしいという気持からいたしまして、この不法監禁されている日本人と日本で合法的に自由を束縛しております朝鮮半島人との取引というような格好において外交交渉が進められておるという趣旨はわかります。その外交交渉のもとを作るために、外務当局・法務当局がいろいろと御苦労願っておることもよくわかります。私どもといたしましても、日本人が早く帰ってくるということを念願しているものであります。しかしながら、私は国内法的立場において物事を考えたいと思うのであります。先ほど来高瀬君も質問しておりましたが、もう少しお伺いしてみたいところがあるわけです。
これはあるいは幼稚なお尋ねであるかもしれませんが、お許しをいただきたいと思います。大村収容所は、監獄と申しますか刑務所と申しますか、その性格は法律上どういうことになるわけでしょうか。
[064]
政府委員(入国管理局長) 内田藤雄
これは監獄でも刑務所でもないものであると存じております。つまり、たとえば密入国で参りました者が、密入国してきても収容施設がないためにどこへでも自由に動けるということでは、これは国際慣行といたしまして旅券ないしは査証を持って入国しなければならないという原則が全然無視されるわけでありますから、そういう者を当然ある一定の場所に収容することができるいうことは、これは国際慣行として十分に認められているところであると考えます。
それから、先ほど来申し上げておりますように、悪質不良の外国人を国外に追放するという権利は、これまた独立国として当然認められているものと考えている次第でございます。国内法、入管令にその基礎があるばかりでなく、国際慣行としても十分認められております。
そういたしますと、そういう退去を強制いたします場合に、やはりこれらをどこかに収容でもできるのでなければ、逃亡の危険もございますし、結局退去の実をあげることができなくなるわけでございますので、そういう意味において、収容いたす権利というものは、国際的な角度からも当然あらゆる独立国に認められておる。
そういう意味において収容をいたしますので、これは刑罪でもなければ矯正のための施設でもない。あくまで退去強制を確保するための、いわば本来ならば船待ち場であるというのが収容所の性格であろうと考えます。
自由民主党 高瀬傳
いろいろその事情はおありになるでありましょうが、私どもが全く釈然としないのは、不法に入国してきた連中、大村収容所の連中、朝鮮人1434名、これらの密入国者と刑余者をひっくるめて、それと日本の漁夫691名とを、あたかもそれらが一見交換と思われるような条件でこの取りきめが行われようとしておるわけであります。
しかも、日本の漁夫については、われわれは全然李ラインなどは認めておらず、釜山に抑留されておるわれわれの同胞は公海の自由の原則に従って漁業を営んでおった者で、これを刑余者などとは何ら見ておらないのでありますが、韓国から見て、刑を終ったと思われる者だけと交換するという。われわれの方は日本の国法に従って刑余者を収容しておる。
[063]
自由民主党 池田清志
朝鮮半島に不法監禁されている日本人を早く帰してほしいという気持からいたしまして、この不法監禁されている日本人と日本で合法的に自由を束縛しております朝鮮半島人との取引というような格好において外交交渉が進められておるという趣旨はわかります。その外交交渉のもとを作るために、外務当局・法務当局がいろいろと御苦労願っておることもよくわかります。私どもといたしましても、日本人が早く帰ってくるということを念願しているものであります。しかしながら、私は国内法的立場において物事を考えたいと思うのであります。先ほど来高瀬君も質問しておりましたが、もう少しお伺いしてみたいところがあるわけです。
これはあるいは幼稚なお尋ねであるかもしれませんが、お許しをいただきたいと思います。大村収容所は、監獄と申しますか刑務所と申しますか、その性格は法律上どういうことになるわけでしょうか。
[064]
政府委員(入国管理局長) 内田藤雄
これは監獄でも刑務所でもないものであると存じております。つまり、たとえば密入国で参りました者が、密入国してきても収容施設がないためにどこへでも自由に動けるということでは、これは国際慣行といたしまして旅券ないしは査証を持って入国しなければならないという原則が全然無視されるわけでありますから、そういう者を当然ある一定の場所に収容することができるいうことは、これは国際慣行として十分に認められているところであると考えます。
それから、先ほど来申し上げておりますように、悪質不良の外国人を国外に追放するという権利は、これまた独立国として当然認められているものと考えている次第でございます。国内法、入管令にその基礎があるばかりでなく、国際慣行としても十分認められております。
そういたしますと、そういう退去を強制いたします場合に、やはりこれらをどこかに収容でもできるのでなければ、逃亡の危険もございますし、結局退去の実をあげることができなくなるわけでございますので、そういう意味において、収容いたす権利というものは、国際的な角度からも当然あらゆる独立国に認められておる。
そういう意味において収容をいたしますので、これは刑罪でもなければ矯正のための施設でもない。あくまで退去強制を確保するための、いわば本来ならば船待ち場であるというのが収容所の性格であろうと考えます。
昭和31年03月23日 参議院 予算委員会
[009]
無所属 中山福藏
第四分科会におきまする審査の経過を御報告いたします。
(中略)
次に法務省関係におきましては、少年院の収容状況とその教化方針はどう省所管の教護院とは一貫したものにする考えはないか、また在留外人、ことに朝鮮人の犯罪が多いようだが、外国人の登録ないし密入国者の取締りをどうやっているのか。歳入予算の増額5億8000万円の中で罰金及び没収金が2億9000万円となっているが、多額の罰金を収入に見込むのはどうかと思うという質問がありまして、これに対しましては、法務省並びに厚生省の担当から次のような答弁がございました。
現在少年院には、昨年11月末の統計で1万240名ほど収容されており、そのうち精神状態の平常な君28.7%、準平常な者が38.5%で、精神に障害ある者が32.8%となっているが、いずれも犯罪を犯し、またはその疑いある者として家庭裁判所から送られてきた者で、幼少からの環境によって不良化し、精神的にもひどく片寄っているから強力な矯正が必要である。厚生省児童局所管の教護院は8割の国庫補助で都道府県がやっているが、この方の収容対象は15才から20才までの少年で、ここで直らぬ者が少年院に送られることになっている。現在教護院に収容されている者は4800名だが、収容を要する者はその数倍にも達する見込みで、なるたけ少年院の厄介になる者を少くするよう教育補導には苦心している。少年院とても、少年刑務所と違い、教育機関であるから、この点教護院と十分連絡の必要があり、両者の一体化という点は今後検討したいと思う。
また在留外人については、64万人のうち朝鮮、韓国人が57万人、中国人が4万3000人となっており、犯罪については現在刑務所にいる者6万人のうち、1割近くが朝鮮人である。つまり犯罪の比率からすれば朝鮮人は日本人の10倍以上になっているわけで、窃盗とヒロポンなどの密造が犯罪のおもなるものである。出入国管理令により犯罪者の国内退去を命ずることは、国際慣習からもそうなっているが、韓国側が引き取りを拒否しているので、やむなく悪質者を大村収容所に送っているが、この中には密入国が多いのに強制送還もできないので、この処置には困っている。
外国人の登録については一時登録証のやみ相場が10倍にもなったことがあるが、外人登録法の改正によって指紋をとるということになって以来、よほど厳重になった。
無所属 中山福藏
第四分科会におきまする審査の経過を御報告いたします。
(中略)
次に法務省関係におきましては、少年院の収容状況とその教化方針はどう省所管の教護院とは一貫したものにする考えはないか、また在留外人、ことに朝鮮人の犯罪が多いようだが、外国人の登録ないし密入国者の取締りをどうやっているのか。歳入予算の増額5億8000万円の中で罰金及び没収金が2億9000万円となっているが、多額の罰金を収入に見込むのはどうかと思うという質問がありまして、これに対しましては、法務省並びに厚生省の担当から次のような答弁がございました。
現在少年院には、昨年11月末の統計で1万240名ほど収容されており、そのうち精神状態の平常な君28.7%、準平常な者が38.5%で、精神に障害ある者が32.8%となっているが、いずれも犯罪を犯し、またはその疑いある者として家庭裁判所から送られてきた者で、幼少からの環境によって不良化し、精神的にもひどく片寄っているから強力な矯正が必要である。厚生省児童局所管の教護院は8割の国庫補助で都道府県がやっているが、この方の収容対象は15才から20才までの少年で、ここで直らぬ者が少年院に送られることになっている。現在教護院に収容されている者は4800名だが、収容を要する者はその数倍にも達する見込みで、なるたけ少年院の厄介になる者を少くするよう教育補導には苦心している。少年院とても、少年刑務所と違い、教育機関であるから、この点教護院と十分連絡の必要があり、両者の一体化という点は今後検討したいと思う。
また在留外人については、64万人のうち朝鮮、韓国人が57万人、中国人が4万3000人となっており、犯罪については現在刑務所にいる者6万人のうち、1割近くが朝鮮人である。つまり犯罪の比率からすれば朝鮮人は日本人の10倍以上になっているわけで、窃盗とヒロポンなどの密造が犯罪のおもなるものである。出入国管理令により犯罪者の国内退去を命ずることは、国際慣習からもそうなっているが、韓国側が引き取りを拒否しているので、やむなく悪質者を大村収容所に送っているが、この中には密入国が多いのに強制送還もできないので、この処置には困っている。
外国人の登録については一時登録証のやみ相場が10倍にもなったことがあるが、外人登録法の改正によって指紋をとるということになって以来、よほど厳重になった。
昭和31年03月20日 参議院 予算委員会第四分科会
[018]
自由民主党 吉田萬次
私は朝鮮、韓国の問題について質問したいと思うのですが、終戦当時あの混乱しておるときに、朝鮮人がいわゆる外国人という名前のもとに、非常にあらゆる方面において活動し、しかも善良な活動ならいいけれども、相当国家的に見て損害のあるような活動をしておりました。その習慣が現在まで続いておるように感ぜられるのでありまして、いわゆる密造酒であるとか、あるいは麻薬であるとか、あるいは密入国であるとかいうようなふうのものの大半は、私はこの朝鮮半島の諸君であると思うのであります。
従ってまたその入国者というものも、居留しておる者も、非常に朝鮮人はたくさんおると思う。しかしながら国家的の立場から考えまして、一般外国人と違って非常な国家の経済から考えましても、芳ばしからぬ私は結果を見るのであります。従ってこの外国人としての朝鮮、あるいは外国人というものに対する方策というものは、私は相当深甚なる注意を払って、そうして将来のために考究しなければならぬたくさんな問題があると思うのです。
かような点から考えまして法務省としてどんな方針のもとに、またどんな考えをもってこれに対して一定の方針といいますか方策といいますか、そういうものをもって臨んでおられるか、また続いてこれに付帯して大村収容所におけるところのこの人たちの犯罪の種別というふうなものをお尋ねいたしたい。
[019]
政府委員(法務政務次官) 松原一彦
これは率直に申して非常にむずかしい問題で、今日本の、ことに法務行政のうちの最も悩みきっている問題の一つでございますことは御承知の通りであります。
従来日本人であったのでありますが、それが終戦によって国籍が非常に不明になっておる。帰化しきっている者としない者がいるわけでございまして、まことにむずかしい問題だと思う。それが今日大村収容所の中におる重い罪を犯した数100名の人たち、強制送還をやろうとしても受け取らないという現実であります。一方には密入国者が毎日ふえてきておる。最近には激増というのではありませんけれども、1000数百名が大村に、これは密入国者として当然帰さなければならないし、受け取ってもらわなければならぬ人間が検束せられておるのであります。この解決は何と申しましても朝鮮と日本との間における国交の正常化ができない限りにはどうにもこうにもならない。
一方には日本の漁夫が向うで抑留されている。これまた当然帰さなければならぬ者が理由なくして抑留せられている、こういうことで刑期が満ちておりながら抑留されているというようなわけでございまして、この関係が打開せられることを私は非常に祈ってやまないのでありますが、こまかな数字及び経緯等につきましては入国管理局長がここにおられますから、内田政府委員からお答えさせていただきたいと思います。
[020]
政府委員(法務省入国管理局長) 内田藤雄
現在日本に在留しております外国人の登録に現われました数字は、全体で約64万でございますが、そのうち朝鮮人が57万6750、中国が4万3967ということになっておりますので、大体60余万のほとんど95%くらいが朝鮮人と中国人でございます。われわれの方の仕事は、新しい外国人の出入国の問題、また現にそれで出入りしている外国人の数も少々ございますが、そのほかにただいまおっしゃいましたように戦前から日本に在留しておりまして、終戦までは日本人であったというこの特殊な人々、この問題が実は非常に厄介な問題になっているわけでございます。
それで確かに戦後のあの特殊な状況におきまして、いわゆる第三国人という名のもとに、中国も多少ございましたが、数におきましては確かに朝鮮人が非常にいろいろ暴れもいたしましたし、一時あたかも戦勝国民のような気持で非常に生活状態が急に上ったわけでございます。ところがその後社会情勢が落ちつくにつれまして、いわゆるやみとかそういうことでは生活ができなくなりました結果、しかもその間に正常な勤労精神を失ってしまっておるというようなことから、大量にこの人々が犯罪者の群に移って行ったということは大体申し得るのではないかと存じます。
その結果これは矯正局の方の数字を伺いますと、現在約6万人くらいの刑務所に入っております者のうち、その1割近い人が朝鮮人であるように聞いております。そういたしますと、人口との関係を考えますと、約8000万でその数字5万なにがしであるにもかかわらず、片一方では60万そこそこで4000幾らということでございますから、犯罪の比率から申しますと10倍を越しておるくらいの比率になっておるわけでございます。で犯罪の内容は先ほどおっしゃいましたように、われわれの方に現われて参ります限りでも、ヒロポンとかああいう関係の犯罪、それから密造そういった専売法規と申しますかああいうふうの関係の違反者、そのほかにはやはり量から申しますと何といっても窃盗が非常に多いのでございます。
そうしてそういう人々の中からわれわれといたしましては入管令に基きまして懲役1年以上の刑を受けました者は当然退去を強制できるということになっております。これは日本の出入国管理令がそうであるばかりでなく、国際慣習といたしましても、外国に在留しておる外国人が犯罪をいたしたような場合には、ある限度を越えた者を退去にいたすということは、これはもう国際的にも認められておるところでございますので、われわれとしてもその入管令を基礎とし、またこの国際慣習に基きまして悪質の外国人は退去にいたしておるわけでございます。
しかし先ほども申し上げましたように、戦前から日本に長く住んでおりまして、生活の本拠が日本にあるような者を、ただ外国から渡航して一時日本におる外国人と全然同等に扱うということは、また必ずしも正当と申せませんので、われわれといたしましては戦前からおりますような朝鮮人の場合には、ただ1回犯罪を犯して懲役1年以上の刑を受けたというようなことだけでは退去にいたしておりません。大体の現状を申し上げますならば、前科、もっともその内容にもよりますが、たとえば窃盗等の普通の犯罪の場合でございますと、前科3犯以上くらいでないと退去にいたしておりません。われわれが記録を見まして大体その者の生活が犯罪に依存しておる、犯罪の上に生活しておるのではないかと考えられるような者のみを退去にいたしておるのでございますが、それが毎月刑務所の方から出所いたしまして、われわれの方に送られて参ります200ないし250、月によりましては300くらいのときもございますが、そういう者の中から、大体1割5分見当くらいの、これは結果においてそうなるのでございまして、1割5分というように限っておるのではございませんが、大体において1割5分ないし2割程度の者を退去強制にいたしまして、大村に送っておるわけでございます。
それが、ところが先ほど政務次官のお話にもございましたように、現在の日韓関係が正常でないというばかりでなく、韓国側の全く政略的な意図と申しますか、日本において戦前からおる朝鮮人については日本に在留資格があるのであって日本側にはこれを退去強制いたすような権利がないのだと言わぬばかりの態度でこれらの悪質なる朝鮮人の国内釈放を要求しておるというのが現状でございます。
そうしてそれに引っかけまして、御承知のごとく李ラインを越えたという理由でつかまえました日本人の漁夫を人質にいたしまして、その日本への送還を拒否しつつこれらの悪質なる朝鮮人を国内で釈放しろと、こういうことを要求しておるというのが現在の状況でございます。
そのために、理論上密入国を引き取らぬということは一回も申しておりませんが、実際上密入国者の引き取りも拒否いたしております。
密入国者の数の方は、これは新しい密入国者というのは、大体戦後の趨勢を申し上げますと減って参っております。と申しますのは、なぜ密入国をして参るかといいますと、その一番大きな原因は、戦争で疎開などさせられまして、家族の一部の者が朝鮮と日本に分れてしまった、それをまたもとの家族の者の所へ復帰したいというようなのがまあ一番多い例なのでございます。それで戦後10年もたちましたので、そういった種類の密入国というものが漸次まあ片がついたと申しますか、それが大きな理由だと思いますが、漸次減って参っております。ことに朝鮮動乱の直後におきまして、向うで家を焼かれたとか、食うに困ったという者が大量に密入国して参りました昭和26~27年ころに比べますと、最近はよほど減って参っております。そういう傾向にはございますが、しかしなおかつ現在すでにもぐって、潜在している密入国者の数というものは、これは相当大きいものと考えております。従いまして新しい密入国は、現場でつかまえます者以外に、今までもぐっておりました密入国者が何らかの事情によりまして密入国者として発見されまして、それでわれわれが退去強制にする者が、これがまた相当ございます。
そういった関係で、大村が一番多い状況のときには、昨年末約1350くらいですか、それから先ほど申しました犯罪等の理由によりまして退去強制いたしました者が約350、両方合せまして約1700という状況になったときがございます。そのほかに浜松に分室を設けておりまして、これは横浜収容所の分室でございますが、ここに中国関係が現在約150くらいおると思いますが、それから大村が一ぱいでありますために、現在浜松に送っております朝鮮人がそのほか現在すでに100くらいに達しておるかと思います。そのほかほんとうに収容施設が十分でありましたならば、当然収容しなければならぬ者の数は数100あると考えます。
で、この問題は目下外務省とも協力いたしましてせっかく日韓の間に交渉をいたしておるわけでございますが、われわれといたしましては先ほど申しましたような人質外交にひっかかって、悪質不良な外国人を日本から退去いたさす権限をこういうところで傷つけると申しますか、その将来に暗影を投ずるようなことは断じていたしたくない、そのためにはあくまで大村の収容施設が一ぱいになったり、いろいろなことで苦労はいたしておりますが、がんばっていきたい、こう考えておる次第であります。
自由民主党 吉田萬次
私は朝鮮、韓国の問題について質問したいと思うのですが、終戦当時あの混乱しておるときに、朝鮮人がいわゆる外国人という名前のもとに、非常にあらゆる方面において活動し、しかも善良な活動ならいいけれども、相当国家的に見て損害のあるような活動をしておりました。その習慣が現在まで続いておるように感ぜられるのでありまして、いわゆる密造酒であるとか、あるいは麻薬であるとか、あるいは密入国であるとかいうようなふうのものの大半は、私はこの朝鮮半島の諸君であると思うのであります。
従ってまたその入国者というものも、居留しておる者も、非常に朝鮮人はたくさんおると思う。しかしながら国家的の立場から考えまして、一般外国人と違って非常な国家の経済から考えましても、芳ばしからぬ私は結果を見るのであります。従ってこの外国人としての朝鮮、あるいは外国人というものに対する方策というものは、私は相当深甚なる注意を払って、そうして将来のために考究しなければならぬたくさんな問題があると思うのです。
かような点から考えまして法務省としてどんな方針のもとに、またどんな考えをもってこれに対して一定の方針といいますか方策といいますか、そういうものをもって臨んでおられるか、また続いてこれに付帯して大村収容所におけるところのこの人たちの犯罪の種別というふうなものをお尋ねいたしたい。
[019]
政府委員(法務政務次官) 松原一彦
これは率直に申して非常にむずかしい問題で、今日本の、ことに法務行政のうちの最も悩みきっている問題の一つでございますことは御承知の通りであります。
従来日本人であったのでありますが、それが終戦によって国籍が非常に不明になっておる。帰化しきっている者としない者がいるわけでございまして、まことにむずかしい問題だと思う。それが今日大村収容所の中におる重い罪を犯した数100名の人たち、強制送還をやろうとしても受け取らないという現実であります。一方には密入国者が毎日ふえてきておる。最近には激増というのではありませんけれども、1000数百名が大村に、これは密入国者として当然帰さなければならないし、受け取ってもらわなければならぬ人間が検束せられておるのであります。この解決は何と申しましても朝鮮と日本との間における国交の正常化ができない限りにはどうにもこうにもならない。
一方には日本の漁夫が向うで抑留されている。これまた当然帰さなければならぬ者が理由なくして抑留せられている、こういうことで刑期が満ちておりながら抑留されているというようなわけでございまして、この関係が打開せられることを私は非常に祈ってやまないのでありますが、こまかな数字及び経緯等につきましては入国管理局長がここにおられますから、内田政府委員からお答えさせていただきたいと思います。
[020]
政府委員(法務省入国管理局長) 内田藤雄
現在日本に在留しております外国人の登録に現われました数字は、全体で約64万でございますが、そのうち朝鮮人が57万6750、中国が4万3967ということになっておりますので、大体60余万のほとんど95%くらいが朝鮮人と中国人でございます。われわれの方の仕事は、新しい外国人の出入国の問題、また現にそれで出入りしている外国人の数も少々ございますが、そのほかにただいまおっしゃいましたように戦前から日本に在留しておりまして、終戦までは日本人であったというこの特殊な人々、この問題が実は非常に厄介な問題になっているわけでございます。
それで確かに戦後のあの特殊な状況におきまして、いわゆる第三国人という名のもとに、中国も多少ございましたが、数におきましては確かに朝鮮人が非常にいろいろ暴れもいたしましたし、一時あたかも戦勝国民のような気持で非常に生活状態が急に上ったわけでございます。ところがその後社会情勢が落ちつくにつれまして、いわゆるやみとかそういうことでは生活ができなくなりました結果、しかもその間に正常な勤労精神を失ってしまっておるというようなことから、大量にこの人々が犯罪者の群に移って行ったということは大体申し得るのではないかと存じます。
その結果これは矯正局の方の数字を伺いますと、現在約6万人くらいの刑務所に入っております者のうち、その1割近い人が朝鮮人であるように聞いております。そういたしますと、人口との関係を考えますと、約8000万でその数字5万なにがしであるにもかかわらず、片一方では60万そこそこで4000幾らということでございますから、犯罪の比率から申しますと10倍を越しておるくらいの比率になっておるわけでございます。で犯罪の内容は先ほどおっしゃいましたように、われわれの方に現われて参ります限りでも、ヒロポンとかああいう関係の犯罪、それから密造そういった専売法規と申しますかああいうふうの関係の違反者、そのほかにはやはり量から申しますと何といっても窃盗が非常に多いのでございます。
そうしてそういう人々の中からわれわれといたしましては入管令に基きまして懲役1年以上の刑を受けました者は当然退去を強制できるということになっております。これは日本の出入国管理令がそうであるばかりでなく、国際慣習といたしましても、外国に在留しておる外国人が犯罪をいたしたような場合には、ある限度を越えた者を退去にいたすということは、これはもう国際的にも認められておるところでございますので、われわれとしてもその入管令を基礎とし、またこの国際慣習に基きまして悪質の外国人は退去にいたしておるわけでございます。
しかし先ほども申し上げましたように、戦前から日本に長く住んでおりまして、生活の本拠が日本にあるような者を、ただ外国から渡航して一時日本におる外国人と全然同等に扱うということは、また必ずしも正当と申せませんので、われわれといたしましては戦前からおりますような朝鮮人の場合には、ただ1回犯罪を犯して懲役1年以上の刑を受けたというようなことだけでは退去にいたしておりません。大体の現状を申し上げますならば、前科、もっともその内容にもよりますが、たとえば窃盗等の普通の犯罪の場合でございますと、前科3犯以上くらいでないと退去にいたしておりません。われわれが記録を見まして大体その者の生活が犯罪に依存しておる、犯罪の上に生活しておるのではないかと考えられるような者のみを退去にいたしておるのでございますが、それが毎月刑務所の方から出所いたしまして、われわれの方に送られて参ります200ないし250、月によりましては300くらいのときもございますが、そういう者の中から、大体1割5分見当くらいの、これは結果においてそうなるのでございまして、1割5分というように限っておるのではございませんが、大体において1割5分ないし2割程度の者を退去強制にいたしまして、大村に送っておるわけでございます。
それが、ところが先ほど政務次官のお話にもございましたように、現在の日韓関係が正常でないというばかりでなく、韓国側の全く政略的な意図と申しますか、日本において戦前からおる朝鮮人については日本に在留資格があるのであって日本側にはこれを退去強制いたすような権利がないのだと言わぬばかりの態度でこれらの悪質なる朝鮮人の国内釈放を要求しておるというのが現状でございます。
そうしてそれに引っかけまして、御承知のごとく李ラインを越えたという理由でつかまえました日本人の漁夫を人質にいたしまして、その日本への送還を拒否しつつこれらの悪質なる朝鮮人を国内で釈放しろと、こういうことを要求しておるというのが現在の状況でございます。
そのために、理論上密入国を引き取らぬということは一回も申しておりませんが、実際上密入国者の引き取りも拒否いたしております。
密入国者の数の方は、これは新しい密入国者というのは、大体戦後の趨勢を申し上げますと減って参っております。と申しますのは、なぜ密入国をして参るかといいますと、その一番大きな原因は、戦争で疎開などさせられまして、家族の一部の者が朝鮮と日本に分れてしまった、それをまたもとの家族の者の所へ復帰したいというようなのがまあ一番多い例なのでございます。それで戦後10年もたちましたので、そういった種類の密入国というものが漸次まあ片がついたと申しますか、それが大きな理由だと思いますが、漸次減って参っております。ことに朝鮮動乱の直後におきまして、向うで家を焼かれたとか、食うに困ったという者が大量に密入国して参りました昭和26~27年ころに比べますと、最近はよほど減って参っております。そういう傾向にはございますが、しかしなおかつ現在すでにもぐって、潜在している密入国者の数というものは、これは相当大きいものと考えております。従いまして新しい密入国は、現場でつかまえます者以外に、今までもぐっておりました密入国者が何らかの事情によりまして密入国者として発見されまして、それでわれわれが退去強制にする者が、これがまた相当ございます。
そういった関係で、大村が一番多い状況のときには、昨年末約1350くらいですか、それから先ほど申しました犯罪等の理由によりまして退去強制いたしました者が約350、両方合せまして約1700という状況になったときがございます。そのほかに浜松に分室を設けておりまして、これは横浜収容所の分室でございますが、ここに中国関係が現在約150くらいおると思いますが、それから大村が一ぱいでありますために、現在浜松に送っております朝鮮人がそのほか現在すでに100くらいに達しておるかと思います。そのほかほんとうに収容施設が十分でありましたならば、当然収容しなければならぬ者の数は数100あると考えます。
で、この問題は目下外務省とも協力いたしましてせっかく日韓の間に交渉をいたしておるわけでございますが、われわれといたしましては先ほど申しましたような人質外交にひっかかって、悪質不良な外国人を日本から退去いたさす権限をこういうところで傷つけると申しますか、その将来に暗影を投ずるようなことは断じていたしたくない、そのためにはあくまで大村の収容施設が一ぱいになったり、いろいろなことで苦労はいたしておりますが、がんばっていきたい、こう考えておる次第であります。
昭和31年02月03日 衆議院 外務委員会
[105]
自由民主党 山本利壽
先ほど大村収容所におる者の釈放のことで御答弁がございましたが、この問題は日本の漁民が李承晩ラインにひっかかって、たくさん向うで抑留されておる、それをなかなか帰さない、だから1つのそれの条件として大村におる韓国人を釈放したら漁民を帰そうといったような情報があったようでありますが、先ほどの御答弁によると、釈放したあとですぐ韓国が受け取るならば釈放するけれども、また内地におるならこれは困るから釈放しない、この意味においては、それでは日本の漁民の韓国に抑留されておる者との取引関係という点については交渉は決裂ということになりますか。その関連においての法務大臣のお考えをちょっと承わりたいと思います。
そうして時間を節約しますためにもう1つ伺っておきますが、一体大村収容所におるところの韓国人というものは、あるいは北鮮人もおるかもしれませんが、その犯罪者で単なる密入国者というものは次から次に韓国が受け取っておるのかどうか。それから密入国者でなしに、日本に相当長期間滞在しておって犯罪を犯した者をそこへ収容してある、ただその数がどういう関係にあるか。
それからある人々からいえば日本の漁民が抑留されておるということは、これは非常に不合理のことであるから、これをぜひ帰してもらいたいという意味で、場合によってはその数の関係がありますけれども、犯罪人であっても一応外へ出して、それには一人々々に刑事をしばらくつけて監視させるくらいの手数をとっても、それと引きかえに韓国におる日本の漁民を帰してもらいたいという意向もある一部には相当強いけれども、そういうことはとうてい不可能なことであるかどうか。
一応釈放してそのままそういう韓国人が罪を犯さないならば、日本の国家、社会としては何ら障害はないはずである。もし重ねて犯罪を犯す場合には、これはもう一度つかまえて放り込んだって一向差しつかえないことであるが、そこらの関係がずいぶんデリケートでありますが、法務省においてはここいらの点をどういうふうに考えておられるか、そうしてまた朝鮮人の犯罪人の中には北鮮系の者はいないのか、もしおった場合には北鮮の方では韓国と違って日本から帰りたいという者は相当受け入れる用意があるということをしばしばわれわれは聞いておる。それだから北鮮に向って大村収容所におる者の中で自分は北鮮に帰りたいのだという者がいれば、その方は帰してもよいと思うのですが、そこいらの数の割合とか、あるかないか、北鮮に向って帰す意思があるかどうかというような点を承わりたい。まだ承わりたいことがありますが、あまり一ぺんに言いますと混雑しますから、一応御答弁を伺います。
[106]
法務大臣 牧野良三
お答えをいたします。むずかしい理屈は私は全然言っておりません。必ず李承晩のところで抑留している日本人を帰すためにはどんなことでもいたしたいと思っております。どんな譲歩でもして、私はこっちを釈放して、向うは交換するなら交換する、それはやるつもりです。ただけじめだけはやっておきませんと、帰すでしょう、すぐひっつかまるのです。そして、とっつかまえておいて、またあの交渉を始めるのですね。簡単にひっつかむですね。だからけじめをちゃんとして、そうして外務省とも交渉して、心配のないように、もう九州から山口県の沿岸のお方に不安のないようなことをやりたいと思っております。ただ北鮮の人なんかはきらうのですよ。(山本(利)委員「帰すことをですか」と呼ぶ)
いいえ、李承晩が、隣で敵を増すのでしょう、だからいやなんですよ。そこにあそこらの返事をしない微妙なところがあるのですよ。あのずるい態度はいかぬですよ。そこでずるさは認めて、けじめだけつける。
そこで昨日現在の報告を申しましょう。不法入国者は1212名、そのうち北鮮へ帰国希望者が50名ございます。それから受刑者は391名、北鮮に帰国希望者が20名あります。この発表を知っているのですね。そして日本では国会議員諸君が私に、すべてこういう人たちは希望するところに帰せ、こうおっしゃるのです。それがあるのですよ。だからこれは希望でしょう。そうするとすぐ70名が帰るというので、それをこわがっているのですよ。南鮮の人は、李承晩の方は、こんなことをこわがってはいかぬですよ。
だから私どもの方は、りっぱな態度で、北鮮に行く人は北鮮にやる、そういうことではっきりしたい。だからそういうことは認めて、李承晩も認めるし、そしてよその国も敵国を利するような態度で日本はやるのじゃないのだということさえはっきりしてくれれば、やろうじゃありませんか。
自由民主党 山本利壽
先ほど大村収容所におる者の釈放のことで御答弁がございましたが、この問題は日本の漁民が李承晩ラインにひっかかって、たくさん向うで抑留されておる、それをなかなか帰さない、だから1つのそれの条件として大村におる韓国人を釈放したら漁民を帰そうといったような情報があったようでありますが、先ほどの御答弁によると、釈放したあとですぐ韓国が受け取るならば釈放するけれども、また内地におるならこれは困るから釈放しない、この意味においては、それでは日本の漁民の韓国に抑留されておる者との取引関係という点については交渉は決裂ということになりますか。その関連においての法務大臣のお考えをちょっと承わりたいと思います。
そうして時間を節約しますためにもう1つ伺っておきますが、一体大村収容所におるところの韓国人というものは、あるいは北鮮人もおるかもしれませんが、その犯罪者で単なる密入国者というものは次から次に韓国が受け取っておるのかどうか。それから密入国者でなしに、日本に相当長期間滞在しておって犯罪を犯した者をそこへ収容してある、ただその数がどういう関係にあるか。
それからある人々からいえば日本の漁民が抑留されておるということは、これは非常に不合理のことであるから、これをぜひ帰してもらいたいという意味で、場合によってはその数の関係がありますけれども、犯罪人であっても一応外へ出して、それには一人々々に刑事をしばらくつけて監視させるくらいの手数をとっても、それと引きかえに韓国におる日本の漁民を帰してもらいたいという意向もある一部には相当強いけれども、そういうことはとうてい不可能なことであるかどうか。
一応釈放してそのままそういう韓国人が罪を犯さないならば、日本の国家、社会としては何ら障害はないはずである。もし重ねて犯罪を犯す場合には、これはもう一度つかまえて放り込んだって一向差しつかえないことであるが、そこらの関係がずいぶんデリケートでありますが、法務省においてはここいらの点をどういうふうに考えておられるか、そうしてまた朝鮮人の犯罪人の中には北鮮系の者はいないのか、もしおった場合には北鮮の方では韓国と違って日本から帰りたいという者は相当受け入れる用意があるということをしばしばわれわれは聞いておる。それだから北鮮に向って大村収容所におる者の中で自分は北鮮に帰りたいのだという者がいれば、その方は帰してもよいと思うのですが、そこいらの数の割合とか、あるかないか、北鮮に向って帰す意思があるかどうかというような点を承わりたい。まだ承わりたいことがありますが、あまり一ぺんに言いますと混雑しますから、一応御答弁を伺います。
[106]
法務大臣 牧野良三
お答えをいたします。むずかしい理屈は私は全然言っておりません。必ず李承晩のところで抑留している日本人を帰すためにはどんなことでもいたしたいと思っております。どんな譲歩でもして、私はこっちを釈放して、向うは交換するなら交換する、それはやるつもりです。ただけじめだけはやっておきませんと、帰すでしょう、すぐひっつかまるのです。そして、とっつかまえておいて、またあの交渉を始めるのですね。簡単にひっつかむですね。だからけじめをちゃんとして、そうして外務省とも交渉して、心配のないように、もう九州から山口県の沿岸のお方に不安のないようなことをやりたいと思っております。ただ北鮮の人なんかはきらうのですよ。(山本(利)委員「帰すことをですか」と呼ぶ)
いいえ、李承晩が、隣で敵を増すのでしょう、だからいやなんですよ。そこにあそこらの返事をしない微妙なところがあるのですよ。あのずるい態度はいかぬですよ。そこでずるさは認めて、けじめだけつける。
そこで昨日現在の報告を申しましょう。不法入国者は1212名、そのうち北鮮へ帰国希望者が50名ございます。それから受刑者は391名、北鮮に帰国希望者が20名あります。この発表を知っているのですね。そして日本では国会議員諸君が私に、すべてこういう人たちは希望するところに帰せ、こうおっしゃるのです。それがあるのですよ。だからこれは希望でしょう。そうするとすぐ70名が帰るというので、それをこわがっているのですよ。南鮮の人は、李承晩の方は、こんなことをこわがってはいかぬですよ。
だから私どもの方は、りっぱな態度で、北鮮に行く人は北鮮にやる、そういうことではっきりしたい。だからそういうことは認めて、李承晩も認めるし、そしてよその国も敵国を利するような態度で日本はやるのじゃないのだということさえはっきりしてくれれば、やろうじゃありませんか。
昭和30年12月14日 衆議院 本会議
[009]
自由民主党 田口長治郎
しかも、今日まで帰還した者の話を聞きますと、日本人収容所は、バラック建、無電灯、板の間8畳に20人ないし21人を収容しておる。主食は、丸麦に大豆、それに形ばかりの米、副食物は塩汁に梅ぼし1個、かような実情でございまして、収容されておる者は極度の栄養失調に陥っておるのでございます。病人が出ましても医療の手締は講ぜられず、お前たちは死んでも仕方がないのだと放言されておるような状態でございまして、厳寒に向うこの冬を考えますときに、まことに暗たんたるものがある次第でございます。この冬生命の保持ができない者が出るようになりますれば、われわれは国民に対して相済まぬと思うのでございます。
これに反しまして、韓国密入国者を収容しておりますところのわが大村収容所はいかがでございましょうか。建物はコンクリート2階建、採光、通風に留意された10畳敷に10人ずつを収容しており、各部屋には洗面所、水洗便所がおのおのついており、共同洗たく場、浴場、病棟はもちろん、娯楽室にはピンポン、碁、将棋、図書、野球、バレーボール等の用具が完備いたしまして、子供用といたしましてはブランコ、すべり台、砂場があります。
食事は、特に韓国人の嗜好を勘案いたしまして、1日1人原料代だけで75円ないし80円、これでは日本人の中流以上の生活ではありませんか。
これに対しまして、正当に仕事をしておる日本の船員が不法に拿捕抑留され、父や兄をとられた留守家族は一家の支柱を失って、家には女と年寄りと子供と、それだけを残して路頭に迷うておる。漁船乗組員給与保険の制度はありますが、4年にわたる職場を失った漁業者には、その制度のあることは知っておりますけれども、保険料を持っていないため、また保険料が高いために加入していない者が、651名のうちで177人もあります。加入しておる者も、ごくわずかの金額の加入でございまして、家の支柱を失ってはとうてい生活をささえることができない者が多数にあるのであります。先日の農林水産委員会に参考人として呼びました留守家族の一婦人は、ちり紙を買う金もなくなりました、どうか助けて下さい、かように訴えておるのでございます。全く悲惨そのものであります。
一方においては、在日韓国人70万人のために、われわれは国民の血税を多額に支出しております。生活保護費に19億7000万円、失業対策費に3億6000万円、小中学校教育費に8億3000万円、救らい費に5000万円、刑務所費に2億1000万円、計34億2000万円を支払っておるのであります。
〔「簡単々々」と呼び、その他発言する者あり〕
[010]
議長 益谷秀次
静粛に願います。
[011]
自由民主党 田口長治郎
私は、韓国における抑留者の処遇につきましては、われわれの手が届かなかった点もありますけれども、密入国した韓国人が中流以上の生活を楽しみ、また在日韓国人のため34億2000万円も支出いたしまして、日本人が、食糧増産のため、あるいは国策のために、しかも不法に拿捕せられましたその留守家族の日本人が、日本において路頭に迷わなければならぬことに対しましては、どうしても理屈もわかりませんし、気持も割り切れない、むしろ義憤に燃えておる一人でございます。
私は、あれを思い、これを思い――大よそ、日韓間の懸案といたしましては、基本問題である財産請求権、朝鮮人の処遇、船舶等の諸問題がありますが、これらはいずれも戦争処理の問題であるばかりでなく、現在日韓間には正常なる国交関係はありませんが、政治的にも経済的にも相当交流が行われておる。従って、このまま放置されて困るのはひとり日本の漁業者のみで、……
〔発言する者多し〕
[012]
議長 益谷秀次
田口君、簡単に願います。
[013]
自由民主党 田口長治郎
日韓双方とも、特に韓国側ほとんど痛痒を感じないありさまで、わが国民一般の関心もきわめて低いのではないかと思うのであります。日韓問題は、あげて日本の漁業者にしわ寄せされておる現状であり、ここに問題の根本的解決をはばむ最大の原因があると思うのであります。しかしながら、この人道問題と日本の存亡に関する問題を漁場の片すみのできごととして黙視することは断じて許されないのでありまして、これこそ何といたしましても解決をしなければならぬ緊急要務でなければならぬと考えるのであります。
政府は、あらためて再認識し、急速に抑留船員、漁船の即時返還を実現するとともに、被災漁業者及び留守家族に対する援護に万全を期するとともに、新たなる決意をもって国際世論に訴え、あらゆる外交上の措置を講じて日韓問題の根本的解決をはかるべきであります。
特に、当面する漁業問題につきましては、必要に応じ海上自衛行動をもあわせ考慮し、もって公海における漁船の安全操業を確保すべきであります。
私は、以上の観点からいたしまして、ただいま上程されておる決議案に賛成の意を表する次第でございます。(拍手)
自由民主党 田口長治郎
しかも、今日まで帰還した者の話を聞きますと、日本人収容所は、バラック建、無電灯、板の間8畳に20人ないし21人を収容しておる。主食は、丸麦に大豆、それに形ばかりの米、副食物は塩汁に梅ぼし1個、かような実情でございまして、収容されておる者は極度の栄養失調に陥っておるのでございます。病人が出ましても医療の手締は講ぜられず、お前たちは死んでも仕方がないのだと放言されておるような状態でございまして、厳寒に向うこの冬を考えますときに、まことに暗たんたるものがある次第でございます。この冬生命の保持ができない者が出るようになりますれば、われわれは国民に対して相済まぬと思うのでございます。
これに反しまして、韓国密入国者を収容しておりますところのわが大村収容所はいかがでございましょうか。建物はコンクリート2階建、採光、通風に留意された10畳敷に10人ずつを収容しており、各部屋には洗面所、水洗便所がおのおのついており、共同洗たく場、浴場、病棟はもちろん、娯楽室にはピンポン、碁、将棋、図書、野球、バレーボール等の用具が完備いたしまして、子供用といたしましてはブランコ、すべり台、砂場があります。
食事は、特に韓国人の嗜好を勘案いたしまして、1日1人原料代だけで75円ないし80円、これでは日本人の中流以上の生活ではありませんか。
これに対しまして、正当に仕事をしておる日本の船員が不法に拿捕抑留され、父や兄をとられた留守家族は一家の支柱を失って、家には女と年寄りと子供と、それだけを残して路頭に迷うておる。漁船乗組員給与保険の制度はありますが、4年にわたる職場を失った漁業者には、その制度のあることは知っておりますけれども、保険料を持っていないため、また保険料が高いために加入していない者が、651名のうちで177人もあります。加入しておる者も、ごくわずかの金額の加入でございまして、家の支柱を失ってはとうてい生活をささえることができない者が多数にあるのであります。先日の農林水産委員会に参考人として呼びました留守家族の一婦人は、ちり紙を買う金もなくなりました、どうか助けて下さい、かように訴えておるのでございます。全く悲惨そのものであります。
一方においては、在日韓国人70万人のために、われわれは国民の血税を多額に支出しております。生活保護費に19億7000万円、失業対策費に3億6000万円、小中学校教育費に8億3000万円、救らい費に5000万円、刑務所費に2億1000万円、計34億2000万円を支払っておるのであります。
〔「簡単々々」と呼び、その他発言する者あり〕
[010]
議長 益谷秀次
静粛に願います。
[011]
自由民主党 田口長治郎
私は、韓国における抑留者の処遇につきましては、われわれの手が届かなかった点もありますけれども、密入国した韓国人が中流以上の生活を楽しみ、また在日韓国人のため34億2000万円も支出いたしまして、日本人が、食糧増産のため、あるいは国策のために、しかも不法に拿捕せられましたその留守家族の日本人が、日本において路頭に迷わなければならぬことに対しましては、どうしても理屈もわかりませんし、気持も割り切れない、むしろ義憤に燃えておる一人でございます。
私は、あれを思い、これを思い――大よそ、日韓間の懸案といたしましては、基本問題である財産請求権、朝鮮人の処遇、船舶等の諸問題がありますが、これらはいずれも戦争処理の問題であるばかりでなく、現在日韓間には正常なる国交関係はありませんが、政治的にも経済的にも相当交流が行われておる。従って、このまま放置されて困るのはひとり日本の漁業者のみで、……
〔発言する者多し〕
[012]
議長 益谷秀次
田口君、簡単に願います。
[013]
自由民主党 田口長治郎
日韓双方とも、特に韓国側ほとんど痛痒を感じないありさまで、わが国民一般の関心もきわめて低いのではないかと思うのであります。日韓問題は、あげて日本の漁業者にしわ寄せされておる現状であり、ここに問題の根本的解決をはばむ最大の原因があると思うのであります。しかしながら、この人道問題と日本の存亡に関する問題を漁場の片すみのできごととして黙視することは断じて許されないのでありまして、これこそ何といたしましても解決をしなければならぬ緊急要務でなければならぬと考えるのであります。
政府は、あらためて再認識し、急速に抑留船員、漁船の即時返還を実現するとともに、被災漁業者及び留守家族に対する援護に万全を期するとともに、新たなる決意をもって国際世論に訴え、あらゆる外交上の措置を講じて日韓問題の根本的解決をはかるべきであります。
特に、当面する漁業問題につきましては、必要に応じ海上自衛行動をもあわせ考慮し、もって公海における漁船の安全操業を確保すべきであります。
私は、以上の観点からいたしまして、ただいま上程されておる決議案に賛成の意を表する次第でございます。(拍手)
昭和30年12月14日 参議院 予算委員会
[077]
政府委員(法務省入国管理局長) 内田藤雄
お答え申し上げます。われわれ法務省の立場をちょっと簡単でございますが御説明させていただきたいと存じます。
今、大村に入っております者の数は大体1685ぐらいになっておりますが、その中で大多数は、1300名は密入国でございます。
当面問題になっております戦前からの犯罪者の数は約370でございますが、これらの人々はわれわれの方で手続を、国内法の手続はもちろんでございますが、しぼりにしぼってそういう数字になっております。大体前科1犯ないし2犯で入れております者は殺人とか強盗、あるいは麻薬の密輸、大量のブローカーあるいはヒロポンの大量の製造者といったようなものでございまして、あと前科3犯以上、これがほとんどその大半を占めるのでございますが、3犯から12犯までの人々の大体は窃盗、臓物故買、詐欺横領というようなことの常習者でございます。
従いましてわれわれの立場から申しますと、こういう悪質外国人は当然国外に退去できる、これは国内法の根拠ばかりでなく、国際的な慣行としても当然そうであると信じてやっているのでございまして、これらの人々を正当の理由なくして国内に釈放いたしまして、そのために善良なる日本国民が不当の被害をこうむるというようなことがあってはこれはまことに嘆かわしいことであるというのが第1の理由でございます。
それからもう1つは、将来のことを考えました場合には、現在刑務所に入っております人の約1割は朝鮮人でございます。毎月々々われわれの手元に退去強制の該当理由で送られて参ります者は約100名ほどでございまして、その中からただいま申し上げましたようなよくよくな悪質者を選んでわれわれは退去に付しておるのでございますが、そのパーセントは大体1割5分ないし2割でございます。今後この種の人々は毎月々々ふえて参るわけでございますので、これらの問題につきましても、将来何らかの保証を得たいというのが法務省としての切なる希望でございます。
それからもう1つ、われわれの非常に重要に考えておりますことは、重要と申しますか、外務省にぜひお願いしておるのでございますが、従来の李政権のやり方を見ますと、要するに人質を取って、それを種に彼らの政治的要求を1つ1つ要求して参るというようなきらいがございますので、この点につきまして、現在李ラインの問題、根本的な解決はこれはなかなかできないかもしれませんが、その解決できないならできない状態のもとにおいて今後どういうふうに措置していただくのか、それとの関連においてやはりわれわれの方のことも考えたい、そういたしませんと、今後ただ向うの人質を、人質と申しちゃ悪いかもしれませんが、漁民を返すためにわれわれはここで1つの譲歩をいたす、やり方によってはますますこれは漁民をつかまえた方がいい、つかまえていけばまた日本はへこむ、こういうことになっては大へんではないかという懸念から、できる限り外交交渉におきまして、将来に対する何らかの保証をとっていただけないだろうか、こういうことが法務省の希望として持っている点でございます。
政府委員(法務省入国管理局長) 内田藤雄
お答え申し上げます。われわれ法務省の立場をちょっと簡単でございますが御説明させていただきたいと存じます。
今、大村に入っております者の数は大体1685ぐらいになっておりますが、その中で大多数は、1300名は密入国でございます。
当面問題になっております戦前からの犯罪者の数は約370でございますが、これらの人々はわれわれの方で手続を、国内法の手続はもちろんでございますが、しぼりにしぼってそういう数字になっております。大体前科1犯ないし2犯で入れております者は殺人とか強盗、あるいは麻薬の密輸、大量のブローカーあるいはヒロポンの大量の製造者といったようなものでございまして、あと前科3犯以上、これがほとんどその大半を占めるのでございますが、3犯から12犯までの人々の大体は窃盗、臓物故買、詐欺横領というようなことの常習者でございます。
従いましてわれわれの立場から申しますと、こういう悪質外国人は当然国外に退去できる、これは国内法の根拠ばかりでなく、国際的な慣行としても当然そうであると信じてやっているのでございまして、これらの人々を正当の理由なくして国内に釈放いたしまして、そのために善良なる日本国民が不当の被害をこうむるというようなことがあってはこれはまことに嘆かわしいことであるというのが第1の理由でございます。
それからもう1つは、将来のことを考えました場合には、現在刑務所に入っております人の約1割は朝鮮人でございます。毎月々々われわれの手元に退去強制の該当理由で送られて参ります者は約100名ほどでございまして、その中からただいま申し上げましたようなよくよくな悪質者を選んでわれわれは退去に付しておるのでございますが、そのパーセントは大体1割5分ないし2割でございます。今後この種の人々は毎月々々ふえて参るわけでございますので、これらの問題につきましても、将来何らかの保証を得たいというのが法務省としての切なる希望でございます。
それからもう1つ、われわれの非常に重要に考えておりますことは、重要と申しますか、外務省にぜひお願いしておるのでございますが、従来の李政権のやり方を見ますと、要するに人質を取って、それを種に彼らの政治的要求を1つ1つ要求して参るというようなきらいがございますので、この点につきまして、現在李ラインの問題、根本的な解決はこれはなかなかできないかもしれませんが、その解決できないならできない状態のもとにおいて今後どういうふうに措置していただくのか、それとの関連においてやはりわれわれの方のことも考えたい、そういたしませんと、今後ただ向うの人質を、人質と申しちゃ悪いかもしれませんが、漁民を返すためにわれわれはここで1つの譲歩をいたす、やり方によってはますますこれは漁民をつかまえた方がいい、つかまえていけばまた日本はへこむ、こういうことになっては大へんではないかという懸念から、できる限り外交交渉におきまして、将来に対する何らかの保証をとっていただけないだろうか、こういうことが法務省の希望として持っている点でございます。
昭和30年06月18日 衆議院 法務委員会
[006]
日本社会党(社会民主党) 神近市子
出入国の関係の問題は、前国会からもしばしば問題になっているのでございます。ただいま大臣であられる花村氏が出入国管理の小委員会の委員長をなさっていらっしゃって、この問題ではしばしばお話し合いをいたしたことがあるのでございますけれども、この密入国の緩和ということでは非常に御熱心にお考えになっていた。
今の事態は歴史にも珍らしい韓国人の民族的不幸だというふうに考えまして、私どもも、既往日本人であったという立場から、その扱いにはもう少し人道的なものがなくてはならないという考え方から、入国管理局にいろいろ申し入れをしたり、あるいはいろいろお願いに上るということを始終してきたのですけれども、この問題は幸いにして花村氏が法務大臣になっておられますので、その在野時代の感覚をもって考えていただきたいと私どもは熱望しているわけでございます。
それで私は少し素朴かもしれませんけれども、今60万の朝鮮の方々がいる。そしてその方々が日本の失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出ております犯罪にとても朝鮮の人が多い。
それから私どもが視察して参りました基地の周辺におけるあってほしくないいろいろの事柄にも全部あの人たちが出ていて、ちょっと私どもが近寄るのが危険なくらいに感ぜられる。一体そういう状態にほうっておいていいか。私ども日本人としても困るし、あの方々も、自分の民族の間に帰ればあれだけ思い切った犯罪はないと私は信じております。というのは自分たちの婦人と自分たちの子供には非常に親切で、そして絶対に手をつけない。異民族である日本人にこれが襲いかかっているという傾向が明らかなのです。
ですから私は非常に素朴な考え方かもしれませんが、帰りたい人を早く帰して、そうしてどうしても日本に来なければ父親とか両親とかに会えない。そして夫に会えない、扶養者に会えないという人たちには緩和していただきたいというのが私の根本的な考えでございます。
それでいろいろお尋ねするのでございますが、一応北鮮の問題を後まわしにして南鮮との話し合いを進めたいというのが当局のお考え方であったのでございます。今日そういう動きに対して、幾らかでも進展する情勢があるのでしょうか。あるいはこれは絶望的なものでしょうか。大臣でなくてちょっとお気の毒ですけれども、あなたが御存じの程度で伺わせていただきたいと思います。
[007]
法務政務次官 小泉純也
韓国人が、日本に生活をしたい、また戦争中疎開いたしまして、子供が日本に在留しておられる両親のもとで生活をしたいと申して、その手段方法を選ばず日本に入ってくるというようなことは、ただいま神近先生がおっしゃいましたように、人道的な問題といたしましては、夫婦を一緒に生活させ、親子を一緒に生活をさせたいということは、管理局の取り扱われる方々も常にその苦衷を訴えておられるのでございます。
私どもも最初、両親が日本にいて子供が日本に入ってくる、かわいそうじゃないかというような考えを持っておったのでございますが、いろいろと実態に触れて研究をして参りますと、人道的、人情的には非常に忍びないものがございますけれども、それがあまりにも数が多い。最近においては、子供だけ30人くらいの団体を連れて密航をして、大人だけは完全に逃げてしまっている、がんぜない子供だけがつかまっておるというような事実もありまして、この取扱いには非常に係の者も苦慮いたしておるようでございます。
神近先生がおっしゃいましたように、日本に住まいたい者を住まわせて、韓国に帰りたい者は返す、こういうふうに参りますと事は最も簡単で、いろいろの難問題が漸次解決をするのでありますが、問題はそう簡単でなく、極端かもしれませんけれども、60万と推計をせられる朝鮮人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。
ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、こちらは向うから出てきた者を受け入れっぱなし、不法入国であろうが何であろうが、返すことができないで、大村収容所にはますます人員がふえていく、それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない、その取扱いについても、きわめて懇切丁寧にしなければ、人権じゅうりんというような問題まで起きてくる。これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。
[010]
日本社会党(社会民主党) 神近市子
その御努力をなさるうちに月がたって年がたつというのが今までの状態で、8年も9年も問題は解決していないのです。ですからほんとうに一つのアイデアをお持ちであるならば、もう少し張り切ってそれを推し進めていただきたい。
それからさっき一人も韓国に帰りたい希望者がないというようなことをおっしゃった。それは韓国に帰る希望者はないかもしれません。しかし北鮮に故郷を持っている人たちの中で帰りたいという要望は、この3、4年強く出てきておる。
私は大村に1300人もかかえて国費を年間1億何1000万も使っておるということがもったいないくてしようがない。それでその人たちが仕合せであるかどうかというと、これはまことに悲惨な状態にある。そういうことを3年も4年も5年も見過ごしにできないというのが国民一般の考え方だろうと思うのです。それで一人も帰りたい人のいない韓国のことは一応暫定的に国交の再開を待つといたしましても、少くとも3000人余りの学生とそれから技術者だけでも帰してもらいたいということは要望がきておるはずであります。
北鮮から40何人とかごく少数でございましたけれども、これは受け取らなければならないはずであって、それを受け取る場合に、自分たちの受け取ることだけ考えないで向うに返すということも同時的に考えることはできないかということでございます。これは国際的な問題ですから韓国の感情というようなことも考慮すべきではございましょう。ですけれども、どうしても韓国が話に乗らないと申しますか、ほとんど今日のように頑強にこれを否定しているとすれば、どういう方法か考えて、個人的に帰国を許すとかなんとかいうような方法で帰す方法はないかということを、私は非常に素朴でございますから、この問題はもっと素朴に考えてもいいと思うのです。国連憲章やあるいはその他のことを考えれば、国内的なごく一部の人たちが問題を押えておいて、そうしてそれを広く客観的に考える余裕を失っておるという状態は非常に困ると考えます。
この間アジア平和会議に行った人たちが北鮮に行ったが、向うでは学生や技術者――これは要望が行き届いていたかどうかと思いますけれども、ともかく受け入れる、いつでも帰ってきてもらいたい、学生はただで教育してやろうというようなことがやはり新聞に出ておりましたけれども、そういうことを考えれば、これはどちらも国交がないということでは同じですから、どちらを選ぶということの意思表示は要らない。ともかく人道的な問題からだけでも帰りたい人たちを送ってやるということは、こちらで受け取ると同時に考えていいのではないかと考えるのであります。その点はどういうふうにお感じになっていらっしゃるか、あるいは今後の努力をその方面にお向けいただけることができるかどうか、それも何か大きな障害があってできないのか、それを承わりたいと思います。
[011]
法務政務次官 小泉純也
先ほど韓国人でこちらにおる者で韓国の方へ帰りたいという者は一人もないと申しましたのは、一人もないといっていいくらいにほとんどない、こういう意味を申し上げたのでありまして、確実に全然一人もないということでなくて、一人もないといっていいくらいにほとんどが向うに帰りたがらないのだということを申し上げたわけでございますから、この点は特に念のために申し添えておきます。
また北鮮の問題につきまして、技術者その他一部の者が帰りたいということである、そういう者はできるだけ本人の希望に沿うように帰してやり、また向うから入ってきたい者は入れてやるというようなお考え方は、私どももそういうふうにできることを最も望ましいこととして希望しているのでございます。
ただ今も北鮮の一部の者が帰りたいということはまだ全然具体化しておりませんで、在日北鮮の団体の一部の人々がそういうことを最近希望的に言い出しておるという程度でございまして、これがまだ北鮮の政府とこちらの方とも具体的には進展をしておらないのでございます。また向うの方も、新聞等の情報では、帰ってくるならば受け入れるというような記事もあったかに記憶いたしまするが、これも具体的に日本の外務省と北鮮の正式機関との間に、日本から帰すものをば受け入れるというようなところまで具体的に話が進んでおりませんので、こういう点をもっと推進をして具体化していきたいと考えておるのでございますが、これは御承知の通り、外務関係をば含むところのきわめて重大な問題でもございますので、十分慎重に取り扱っていかなければならないと考えておるのでございます。
要は先ほど来申します通り、こちらから帰すものをば向うが気持よく受け取ってくれる、こういう関係ができ上らないところにこの問題の難点がございまして、まさか荷物か何かみたいに勝手に向うの波打ちぎわに置いてくるというようなことはとうていできないのでありまして、やはり向うとすっかり話がつきましてこちらからは帰す、向うはちゃんとそれを受け入れるというようなことが文字通り確実に話がまとまらなければ行動に出られない点をば御了承をいただきたいと思います。今神近先生が仰せられますることは当然そうあるべきことである、当局としてもぜひそういうふうにあらしめたいということを熱願をいたしておって、具体的にそうあらしめるべく双方の間の関係を今後とも十分熱意を持って推進をいたしたいと考えます。
日本社会党(社会民主党) 神近市子
出入国の関係の問題は、前国会からもしばしば問題になっているのでございます。ただいま大臣であられる花村氏が出入国管理の小委員会の委員長をなさっていらっしゃって、この問題ではしばしばお話し合いをいたしたことがあるのでございますけれども、この密入国の緩和ということでは非常に御熱心にお考えになっていた。
今の事態は歴史にも珍らしい韓国人の民族的不幸だというふうに考えまして、私どもも、既往日本人であったという立場から、その扱いにはもう少し人道的なものがなくてはならないという考え方から、入国管理局にいろいろ申し入れをしたり、あるいはいろいろお願いに上るということを始終してきたのですけれども、この問題は幸いにして花村氏が法務大臣になっておられますので、その在野時代の感覚をもって考えていただきたいと私どもは熱望しているわけでございます。
それで私は少し素朴かもしれませんけれども、今60万の朝鮮の方々がいる。そしてその方々が日本の失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出ております犯罪にとても朝鮮の人が多い。
それから私どもが視察して参りました基地の周辺におけるあってほしくないいろいろの事柄にも全部あの人たちが出ていて、ちょっと私どもが近寄るのが危険なくらいに感ぜられる。一体そういう状態にほうっておいていいか。私ども日本人としても困るし、あの方々も、自分の民族の間に帰ればあれだけ思い切った犯罪はないと私は信じております。というのは自分たちの婦人と自分たちの子供には非常に親切で、そして絶対に手をつけない。異民族である日本人にこれが襲いかかっているという傾向が明らかなのです。
ですから私は非常に素朴な考え方かもしれませんが、帰りたい人を早く帰して、そうしてどうしても日本に来なければ父親とか両親とかに会えない。そして夫に会えない、扶養者に会えないという人たちには緩和していただきたいというのが私の根本的な考えでございます。
それでいろいろお尋ねするのでございますが、一応北鮮の問題を後まわしにして南鮮との話し合いを進めたいというのが当局のお考え方であったのでございます。今日そういう動きに対して、幾らかでも進展する情勢があるのでしょうか。あるいはこれは絶望的なものでしょうか。大臣でなくてちょっとお気の毒ですけれども、あなたが御存じの程度で伺わせていただきたいと思います。
[007]
法務政務次官 小泉純也
韓国人が、日本に生活をしたい、また戦争中疎開いたしまして、子供が日本に在留しておられる両親のもとで生活をしたいと申して、その手段方法を選ばず日本に入ってくるというようなことは、ただいま神近先生がおっしゃいましたように、人道的な問題といたしましては、夫婦を一緒に生活させ、親子を一緒に生活をさせたいということは、管理局の取り扱われる方々も常にその苦衷を訴えておられるのでございます。
私どもも最初、両親が日本にいて子供が日本に入ってくる、かわいそうじゃないかというような考えを持っておったのでございますが、いろいろと実態に触れて研究をして参りますと、人道的、人情的には非常に忍びないものがございますけれども、それがあまりにも数が多い。最近においては、子供だけ30人くらいの団体を連れて密航をして、大人だけは完全に逃げてしまっている、がんぜない子供だけがつかまっておるというような事実もありまして、この取扱いには非常に係の者も苦慮いたしておるようでございます。
神近先生がおっしゃいましたように、日本に住まいたい者を住まわせて、韓国に帰りたい者は返す、こういうふうに参りますと事は最も簡単で、いろいろの難問題が漸次解決をするのでありますが、問題はそう簡単でなく、極端かもしれませんけれども、60万と推計をせられる朝鮮人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。
ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、こちらは向うから出てきた者を受け入れっぱなし、不法入国であろうが何であろうが、返すことができないで、大村収容所にはますます人員がふえていく、それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない、その取扱いについても、きわめて懇切丁寧にしなければ、人権じゅうりんというような問題まで起きてくる。これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。
[010]
日本社会党(社会民主党) 神近市子
その御努力をなさるうちに月がたって年がたつというのが今までの状態で、8年も9年も問題は解決していないのです。ですからほんとうに一つのアイデアをお持ちであるならば、もう少し張り切ってそれを推し進めていただきたい。
それからさっき一人も韓国に帰りたい希望者がないというようなことをおっしゃった。それは韓国に帰る希望者はないかもしれません。しかし北鮮に故郷を持っている人たちの中で帰りたいという要望は、この3、4年強く出てきておる。
私は大村に1300人もかかえて国費を年間1億何1000万も使っておるということがもったいないくてしようがない。それでその人たちが仕合せであるかどうかというと、これはまことに悲惨な状態にある。そういうことを3年も4年も5年も見過ごしにできないというのが国民一般の考え方だろうと思うのです。それで一人も帰りたい人のいない韓国のことは一応暫定的に国交の再開を待つといたしましても、少くとも3000人余りの学生とそれから技術者だけでも帰してもらいたいということは要望がきておるはずであります。
北鮮から40何人とかごく少数でございましたけれども、これは受け取らなければならないはずであって、それを受け取る場合に、自分たちの受け取ることだけ考えないで向うに返すということも同時的に考えることはできないかということでございます。これは国際的な問題ですから韓国の感情というようなことも考慮すべきではございましょう。ですけれども、どうしても韓国が話に乗らないと申しますか、ほとんど今日のように頑強にこれを否定しているとすれば、どういう方法か考えて、個人的に帰国を許すとかなんとかいうような方法で帰す方法はないかということを、私は非常に素朴でございますから、この問題はもっと素朴に考えてもいいと思うのです。国連憲章やあるいはその他のことを考えれば、国内的なごく一部の人たちが問題を押えておいて、そうしてそれを広く客観的に考える余裕を失っておるという状態は非常に困ると考えます。
この間アジア平和会議に行った人たちが北鮮に行ったが、向うでは学生や技術者――これは要望が行き届いていたかどうかと思いますけれども、ともかく受け入れる、いつでも帰ってきてもらいたい、学生はただで教育してやろうというようなことがやはり新聞に出ておりましたけれども、そういうことを考えれば、これはどちらも国交がないということでは同じですから、どちらを選ぶということの意思表示は要らない。ともかく人道的な問題からだけでも帰りたい人たちを送ってやるということは、こちらで受け取ると同時に考えていいのではないかと考えるのであります。その点はどういうふうにお感じになっていらっしゃるか、あるいは今後の努力をその方面にお向けいただけることができるかどうか、それも何か大きな障害があってできないのか、それを承わりたいと思います。
[011]
法務政務次官 小泉純也
先ほど韓国人でこちらにおる者で韓国の方へ帰りたいという者は一人もないと申しましたのは、一人もないといっていいくらいにほとんどない、こういう意味を申し上げたのでありまして、確実に全然一人もないということでなくて、一人もないといっていいくらいにほとんどが向うに帰りたがらないのだということを申し上げたわけでございますから、この点は特に念のために申し添えておきます。
また北鮮の問題につきまして、技術者その他一部の者が帰りたいということである、そういう者はできるだけ本人の希望に沿うように帰してやり、また向うから入ってきたい者は入れてやるというようなお考え方は、私どももそういうふうにできることを最も望ましいこととして希望しているのでございます。
ただ今も北鮮の一部の者が帰りたいということはまだ全然具体化しておりませんで、在日北鮮の団体の一部の人々がそういうことを最近希望的に言い出しておるという程度でございまして、これがまだ北鮮の政府とこちらの方とも具体的には進展をしておらないのでございます。また向うの方も、新聞等の情報では、帰ってくるならば受け入れるというような記事もあったかに記憶いたしまするが、これも具体的に日本の外務省と北鮮の正式機関との間に、日本から帰すものをば受け入れるというようなところまで具体的に話が進んでおりませんので、こういう点をもっと推進をして具体化していきたいと考えておるのでございますが、これは御承知の通り、外務関係をば含むところのきわめて重大な問題でもございますので、十分慎重に取り扱っていかなければならないと考えておるのでございます。
要は先ほど来申します通り、こちらから帰すものをば向うが気持よく受け取ってくれる、こういう関係ができ上らないところにこの問題の難点がございまして、まさか荷物か何かみたいに勝手に向うの波打ちぎわに置いてくるというようなことはとうていできないのでありまして、やはり向うとすっかり話がつきましてこちらからは帰す、向うはちゃんとそれを受け入れるというようなことが文字通り確実に話がまとまらなければ行動に出られない点をば御了承をいただきたいと思います。今神近先生が仰せられますることは当然そうあるべきことである、当局としてもぜひそういうふうにあらしめたいということを熱願をいたしておって、具体的にそうあらしめるべく双方の間の関係を今後とも十分熱意を持って推進をいたしたいと考えます。
昭和30年03月31日 参議院 法務委員会
[102]
法務大臣 花村四郎
大村収容所に収容中の者は3月28日現在で1287名に相なっております。その大部分は密入国者、あるいはまたその他わが国で麻薬の罪を犯し、あるいはまた強盗、窃盗等の常習者等の悪質な犯罪の前歴を有する者でありまして、これらの人々を収容いたしておるのでございます。その収容に関する法的の根拠は、出入国管理令に基き、それぞれの本国へ強制送還をするために一時収容所に収容をいたしておるのであります。韓国は従来これらの強制送還者を引き取っておったのでございまするけれども、昨年7月、一方的に引き取りを拒んで参りましたために、その後収容者がだんだん増加いたしまして、一時は1500名余りを突破することに至ったのでありまするが、本年の初めからしばしばわが方と、そうして朝鮮の日本におりまする出先官憲との間に折衝を行いました結果、最近に至りまして密入国者の引取りを再びまた始めるという話し合いになりまして、そうして2月の28日には208名を引き取ってもらったのであります。そうしてさらに、3月29日に249名を引き取ってもらいました。
以上のような経過で、相手国の引取りがおくれているために、収容期間が長引いたりいたしておる人もありまするが、これは向うの引取りが意のままにいかなかったというような事情が伴っておるのでありまして、真にやむを得ない現象であると申さなければならぬのでありまするけれども、政府といたしましては、極力韓国政府との折衝によりまして、早期送還の実現に努力をいたしておりまするのみならず、また国内において一時仮放免をすることの適当な者に対しては、それぞれの処置をいたしておるような次第でございます。
法務大臣 花村四郎
大村収容所に収容中の者は3月28日現在で1287名に相なっております。その大部分は密入国者、あるいはまたその他わが国で麻薬の罪を犯し、あるいはまた強盗、窃盗等の常習者等の悪質な犯罪の前歴を有する者でありまして、これらの人々を収容いたしておるのでございます。その収容に関する法的の根拠は、出入国管理令に基き、それぞれの本国へ強制送還をするために一時収容所に収容をいたしておるのであります。韓国は従来これらの強制送還者を引き取っておったのでございまするけれども、昨年7月、一方的に引き取りを拒んで参りましたために、その後収容者がだんだん増加いたしまして、一時は1500名余りを突破することに至ったのでありまするが、本年の初めからしばしばわが方と、そうして朝鮮の日本におりまする出先官憲との間に折衝を行いました結果、最近に至りまして密入国者の引取りを再びまた始めるという話し合いになりまして、そうして2月の28日には208名を引き取ってもらったのであります。そうしてさらに、3月29日に249名を引き取ってもらいました。
以上のような経過で、相手国の引取りがおくれているために、収容期間が長引いたりいたしておる人もありまするが、これは向うの引取りが意のままにいかなかったというような事情が伴っておるのでありまして、真にやむを得ない現象であると申さなければならぬのでありまするけれども、政府といたしましては、極力韓国政府との折衝によりまして、早期送還の実現に努力をいたしておりまするのみならず、また国内において一時仮放免をすることの適当な者に対しては、それぞれの処置をいたしておるような次第でございます。
昭和30年01月24日 参議院 本会議
[027]
法務大臣 花村四郎
鈴木君の御質問にお答え申し上げます。
長崎県大村収容所等に収容しておる韓国人等の外国人は、わが国に密入国をした者、またはわが国において麻薬の売買その他凶悪な犯罪を犯した者であって、情状真に悪質な者を出入国管理令によって本国に強制送還をするために、一時収容をいたしておるのでございます。従ってこれが情状において軽いもの、または家庭の状況等同情に値するものについては、特別に在留を許可し、強制収容を行なっておらないのでございます。昨年7月以来、韓国側が密入国者の引き取りを拒否しておりまするために、現在収容者も多数に上っておるのでございまするが、法務省としては外務省と緊密なる連絡の上に、韓国側とこれら密入国者の引き取りについて、すみやかに円満なる解決をするように最善の努力をいたしておるのでございます。
以上でございます。
法務大臣 花村四郎
鈴木君の御質問にお答え申し上げます。
長崎県大村収容所等に収容しておる韓国人等の外国人は、わが国に密入国をした者、またはわが国において麻薬の売買その他凶悪な犯罪を犯した者であって、情状真に悪質な者を出入国管理令によって本国に強制送還をするために、一時収容をいたしておるのでございます。従ってこれが情状において軽いもの、または家庭の状況等同情に値するものについては、特別に在留を許可し、強制収容を行なっておらないのでございます。昨年7月以来、韓国側が密入国者の引き取りを拒否しておりまするために、現在収容者も多数に上っておるのでございまするが、法務省としては外務省と緊密なる連絡の上に、韓国側とこれら密入国者の引き取りについて、すみやかに円満なる解決をするように最善の努力をいたしておるのでございます。
以上でございます。
昭和27年03月29日 衆議院 本会議
[074]
改進党 山本利壽
次に、不法入国者は断固取締りを厳にし、その本国に送還すべきものでありまして、昭和27年度において、政府は1億6000万円という多額の費用をこのために計上いたしておるのであります。
しかしながら、朝鮮に最も近い対馬、あるいは全国各地よりの強制送還者を一時受入れている長崎県大村の収容所等に行ってみれば、強制送還された人間が幾回も繰返し不法入国している事実を見るのであります。不法入国した者を捕え、各地で収容保護し、これを大村収容所へ移し、長きは数箇月にわたって保護を加え、数100人となったとき、これを一団として釜山へ送還するのであるが、その手数と費用とはおびただしいものであります。しかも、韓国における受入れ態勢の不備と責任観念の欠如からか、同一人間により幾回も不法入国が繰返されるとすれば、これはわが国民のとうてい耐え得るところではありません。
政府は、よろしくこの点に関し、相手国政府に厳重抗議し、場合によってはその費用の分担を要求すべきであると私は考えます。
改進党 山本利壽
次に、不法入国者は断固取締りを厳にし、その本国に送還すべきものでありまして、昭和27年度において、政府は1億6000万円という多額の費用をこのために計上いたしておるのであります。
しかしながら、朝鮮に最も近い対馬、あるいは全国各地よりの強制送還者を一時受入れている長崎県大村の収容所等に行ってみれば、強制送還された人間が幾回も繰返し不法入国している事実を見るのであります。不法入国した者を捕え、各地で収容保護し、これを大村収容所へ移し、長きは数箇月にわたって保護を加え、数100人となったとき、これを一団として釜山へ送還するのであるが、その手数と費用とはおびただしいものであります。しかも、韓国における受入れ態勢の不備と責任観念の欠如からか、同一人間により幾回も不法入国が繰返されるとすれば、これはわが国民のとうてい耐え得るところではありません。
政府は、よろしくこの点に関し、相手国政府に厳重抗議し、場合によってはその費用の分担を要求すべきであると私は考えます。
昭和26年05月18日 衆議院 行政監察特別委員会
[258]
委員長代理 内藤隆
証人は国際癩対策意見書なるものを厚生省に提出したことがございますか。
[259]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
ございます。
[260]
委員長代理 内藤隆
あればその内容を簡単に御説明願います。
[261]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
癩は比較的文化の程度の低いところに蔓延するところの病気でありまして、わが国においては、かつては10万と称せられるところの患者がありまして、その当時政府の調査によりますと、毎年癩による死亡者が2000人と診断書に表われておりました。またその当時政府の統計によりましても、日本の全国に3万はありました。日本のみならず中国、インドにも、おのおの100万をもって数えるところの癩患者がおりました。これらは日本を除いては、まだ一つの系統的の予防策ができていません。
[264]
委員長代理 内藤隆
御仁慈のほどよくわかりました。日本の癩療養所に収容されておる韓国の癩患者について簡単にお述べ願います。
[265]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
朝鮮人の何は、日韓併合のころ、そのときも外国人というようなことで入った者がございますが、大正4年ごろには、ここにも表を差上げてありますが、それは収容力の3%くらいになっております。これは長島愛生園のことであります。そして昭和6年から7年と漸次に3%が3.20%になったり、4.13%になったり、昭和9年には4.27%というような数字になりまして、次第々々にふえて来て、4%から6%、7%というようなぐあいに、終戦のときになりますと、ずっとふえて、漸次にふえて参りました。
近年非常によけいに入って参るようになりまして、今は、昭和26年の4月現在では、1515人の患者がおりまして、9%約1割に近いようになって参りました。年々これはふえて来るのでありまして、これは愛生園の患者でありますが、全国の各療養所も昨年の考査委員会が開けるときに調査いたしましたときには、450人ばかりでありました。今は全国の10箇所の療養所に500人の韓国人が入っております。年々これは増加の傾向があるのであります。
[266]
委員長代理 内藤隆
その朝鮮の癩患者は密入国の人が多いのじゃないのですか。正式な手続をふんだ入国者でしょうか。
[267]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
どの辺から入るかということをまず申し上げたらば、よく御了解が行くと思いますが、朝鮮で癩のおるところは慶尚南北道、全羅南北道、この4道に約1万3000からの癩患者があるという総督府の調査があります。それから全朝鮮には2万人の癩患者がおるのであります。ところがこのころウィルソンという人が学会で報告したところによれば、朝鮮の癩患者は2万5000あるということを申しておられます。そういうようなことで、内地では1万1000人くらいになりましたが、朝鮮人はさっき申しましたように、年々内地に移動いたしますが、それが癩と言って来るのではなくて、割合に初期に来ますから、普通の検疫官あるいは役人とかいうようなものにはよくわかりません。それで内地に次第々々にふえて参りまして、いろいろの職業に、病気でありながら従事いたしておるわけであります。
[268]
委員長代理 内藤隆
そうすると、初期の関係上、これを患者として発見することができない……。
[269]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そうであります。
[270]
委員長代理 内藤隆
そうすれば、まだまだそういうような表面に出ない患者が相当潜伏しておると思われますか。
[271]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そう考えます。それで現在昭和26年の4月の調査によりますと、療養所に500人ほど入っておりますが、そのほかにまだ私どもは700人、合せて1200人ばかりはおるものと思うのです。朝鮮人の移動は一昨年は60万と申しておりましたが、今は100万くらいは入っておるものと思うのでありますが、そのうちに……。
[272]
委員長代理 内藤隆
そういう入国の状況あるいは経路というようなものを……。
[273]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
入国は釜山、麗水、それから木浦、その付近が癩の多いところであります。そのところから密入国者は小さな上荷というような船に乗ったりして、萩とか仙崎、下関それから福岡の諸港、そういうようなところに入って、炭鉱にもぐるとか、あるいは荷揚げ人足になるとかいうことで、次第次第に病勢が重くなっております。その入るところの種類は、一番危険な――病気は軽いけれども、皮膚の直下の紙一重のところにある皮下に、癩病の巣窟ができるわけです。それでいわゆる結節癩というものが多いのであります。
[274]
委員長代理 内藤隆
そうすると、そういう密入国して来る癩菌保持者は、もう自分は癩だということを意識しておるのですな。
[275]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
たいがいは意識しておるのであります。
[276]
委員長代理 内藤隆
そうすると、日本の癩療養の設備が相当に進歩し、完備しておるというような気持で、日本に救うてもらうという意味で来るのでしょうか。
[277]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
いやそうじゃありませんでしょう。本人は生活に窮しておるのだから、内地に職を求めるつもりで来るのでありましょう。まあ療養所に入るということは、それから数年たっていよいよ困って療養所に入る。今の500人という者は、相当な重症の者ばかりであります。それが4、5年から10年は内地の各所に潜伏しておるわけであります。
[278]
委員長代理 内藤隆
そうすると、そういう危険な病菌を持った1000人近い数の者が内地に潜伏しておるということは、まことに恐るべき事実だと思いますが、その密航して来る癩患者の取締りにつきまして、療養所側として何か要望するところがございましたら、お述べを願いたいと思います。
[279]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
それでむろん開港検疫というようなところで、早くその専門家を置きまして、検診するようなことも必要であろうと思うのでありますけれども、これを早く看破するという方法がまだ行き届いていないのであります。もう一つは、これらの結節癩は内地に入りまして、内地の婦人をめとりまして、子供が生れる。朝鮮人の生活というものは、狭いところの室内に多数の者が寝起きをする。そしていつも昆虫――南京虫とかはえとか、のみとか、しらみとか、それから最も媒介するものはかいせんであります。かいせんを持っておって、それがその子供にうつるわけです。それで自分の、日本人あるいは朝鮮人に生ました子供に、親の病気がうつるわけなんです。そういうような者が続々と発見されて、今の療養所に入って参るのです。それでこのごろ入る者は、10人患者が来ますれば、そのうちの3人は朝鮮人の癩であります。それで次第々々にふえる一方であります。
[280]
委員長代理 内藤隆
そうしますと、そういう恐るべき菌を持って密入国をして来る者に対しまして、検疫及び密航者の密航癩の発見後の処置が現在の状態ではとうてい満足されるはずはないのですが……。
[281]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そうでございます。
[282]
委員長代理 内藤隆
何か具体的なこれに対する対策でもお考えでございましたら、述べていただきたい。
[283]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
以前朝鮮人の取締りは、かなり厳重にやられたようでございましたが、近年はどうも軽いのが初めに入って来るからでございましょう、すぐ帰すというようなことも、このごろはゆるんでおるので、初めの、まだ日韓併合にならぬ当時は帰してもいいというようなことになっておりましたが、その後次第々々に日本の工業が盛んになり、従って日本で発病したようなものとみなされて、療養所――そのときはもう朝鮮は日本の属国でありましたから、もし癩患者を発見したときは、各療養所に入れるべしというような内務省の方針にかわりまして、それがずっと続いておるわけであります。
それに戸籍等も、内地の療養所でもこれは秘密厳守ということになっておりまして、内地の癩患者でも、名前をほんとうに正当に言う者は少いというくらいになっておりますし、むろん朝鮮の患者も、言葉は日本語をよくしゃべって、また子供のときから入っておる者では、ほとんど日本人とかわるところがないから、三重県とか、あるいは愛知県などというようなところの人と一つも違わないような形になっております。それがおいおいに、これは元朝鮮から来た者であるということが、療養所でもようよう発見されるというようなことで、これを早期に見破ることは、なかなか困難なごとく思えるのであります。
それでさっき500人と申し上げたのは、いろいろその身元を探り探って、そうして出た数字であります。日本で生れて、親が癩病でうつしたような子供は、三重県人とか、あるいは愛知県人とか、あるいは兵庫県人であるというようなことで、次第々々にわからぬようになって参るのであります。それではたして朝鮮人であるということの実証が上ったときに、これらの内地で生れたような子供も、どういうふうにしたらよかろうかということは、もう今日は疑問の中にある。
[284]
委員長代理 内藤隆
他に御質問はございませんか。他に御質問がなければ、光田証人に対する尋問はこれにて終了いたしました。証人には遠方どうも御苦労さまでございました。
委員長代理 内藤隆
証人は国際癩対策意見書なるものを厚生省に提出したことがございますか。
[259]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
ございます。
[260]
委員長代理 内藤隆
あればその内容を簡単に御説明願います。
[261]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
癩は比較的文化の程度の低いところに蔓延するところの病気でありまして、わが国においては、かつては10万と称せられるところの患者がありまして、その当時政府の調査によりますと、毎年癩による死亡者が2000人と診断書に表われておりました。またその当時政府の統計によりましても、日本の全国に3万はありました。日本のみならず中国、インドにも、おのおの100万をもって数えるところの癩患者がおりました。これらは日本を除いては、まだ一つの系統的の予防策ができていません。
[264]
委員長代理 内藤隆
御仁慈のほどよくわかりました。日本の癩療養所に収容されておる韓国の癩患者について簡単にお述べ願います。
[265]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
朝鮮人の何は、日韓併合のころ、そのときも外国人というようなことで入った者がございますが、大正4年ごろには、ここにも表を差上げてありますが、それは収容力の3%くらいになっております。これは長島愛生園のことであります。そして昭和6年から7年と漸次に3%が3.20%になったり、4.13%になったり、昭和9年には4.27%というような数字になりまして、次第々々にふえて来て、4%から6%、7%というようなぐあいに、終戦のときになりますと、ずっとふえて、漸次にふえて参りました。
近年非常によけいに入って参るようになりまして、今は、昭和26年の4月現在では、1515人の患者がおりまして、9%約1割に近いようになって参りました。年々これはふえて来るのでありまして、これは愛生園の患者でありますが、全国の各療養所も昨年の考査委員会が開けるときに調査いたしましたときには、450人ばかりでありました。今は全国の10箇所の療養所に500人の韓国人が入っております。年々これは増加の傾向があるのであります。
[266]
委員長代理 内藤隆
その朝鮮の癩患者は密入国の人が多いのじゃないのですか。正式な手続をふんだ入国者でしょうか。
[267]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
どの辺から入るかということをまず申し上げたらば、よく御了解が行くと思いますが、朝鮮で癩のおるところは慶尚南北道、全羅南北道、この4道に約1万3000からの癩患者があるという総督府の調査があります。それから全朝鮮には2万人の癩患者がおるのであります。ところがこのころウィルソンという人が学会で報告したところによれば、朝鮮の癩患者は2万5000あるということを申しておられます。そういうようなことで、内地では1万1000人くらいになりましたが、朝鮮人はさっき申しましたように、年々内地に移動いたしますが、それが癩と言って来るのではなくて、割合に初期に来ますから、普通の検疫官あるいは役人とかいうようなものにはよくわかりません。それで内地に次第々々にふえて参りまして、いろいろの職業に、病気でありながら従事いたしておるわけであります。
[268]
委員長代理 内藤隆
そうすると、初期の関係上、これを患者として発見することができない……。
[269]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そうであります。
[270]
委員長代理 内藤隆
そうすれば、まだまだそういうような表面に出ない患者が相当潜伏しておると思われますか。
[271]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そう考えます。それで現在昭和26年の4月の調査によりますと、療養所に500人ほど入っておりますが、そのほかにまだ私どもは700人、合せて1200人ばかりはおるものと思うのです。朝鮮人の移動は一昨年は60万と申しておりましたが、今は100万くらいは入っておるものと思うのでありますが、そのうちに……。
[272]
委員長代理 内藤隆
そういう入国の状況あるいは経路というようなものを……。
[273]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
入国は釜山、麗水、それから木浦、その付近が癩の多いところであります。そのところから密入国者は小さな上荷というような船に乗ったりして、萩とか仙崎、下関それから福岡の諸港、そういうようなところに入って、炭鉱にもぐるとか、あるいは荷揚げ人足になるとかいうことで、次第次第に病勢が重くなっております。その入るところの種類は、一番危険な――病気は軽いけれども、皮膚の直下の紙一重のところにある皮下に、癩病の巣窟ができるわけです。それでいわゆる結節癩というものが多いのであります。
[274]
委員長代理 内藤隆
そうすると、そういう密入国して来る癩菌保持者は、もう自分は癩だということを意識しておるのですな。
[275]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
たいがいは意識しておるのであります。
[276]
委員長代理 内藤隆
そうすると、日本の癩療養の設備が相当に進歩し、完備しておるというような気持で、日本に救うてもらうという意味で来るのでしょうか。
[277]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
いやそうじゃありませんでしょう。本人は生活に窮しておるのだから、内地に職を求めるつもりで来るのでありましょう。まあ療養所に入るということは、それから数年たっていよいよ困って療養所に入る。今の500人という者は、相当な重症の者ばかりであります。それが4、5年から10年は内地の各所に潜伏しておるわけであります。
[278]
委員長代理 内藤隆
そうすると、そういう危険な病菌を持った1000人近い数の者が内地に潜伏しておるということは、まことに恐るべき事実だと思いますが、その密航して来る癩患者の取締りにつきまして、療養所側として何か要望するところがございましたら、お述べを願いたいと思います。
[279]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
それでむろん開港検疫というようなところで、早くその専門家を置きまして、検診するようなことも必要であろうと思うのでありますけれども、これを早く看破するという方法がまだ行き届いていないのであります。もう一つは、これらの結節癩は内地に入りまして、内地の婦人をめとりまして、子供が生れる。朝鮮人の生活というものは、狭いところの室内に多数の者が寝起きをする。そしていつも昆虫――南京虫とかはえとか、のみとか、しらみとか、それから最も媒介するものはかいせんであります。かいせんを持っておって、それがその子供にうつるわけです。それで自分の、日本人あるいは朝鮮人に生ました子供に、親の病気がうつるわけなんです。そういうような者が続々と発見されて、今の療養所に入って参るのです。それでこのごろ入る者は、10人患者が来ますれば、そのうちの3人は朝鮮人の癩であります。それで次第々々にふえる一方であります。
[280]
委員長代理 内藤隆
そうしますと、そういう恐るべき菌を持って密入国をして来る者に対しまして、検疫及び密航者の密航癩の発見後の処置が現在の状態ではとうてい満足されるはずはないのですが……。
[281]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そうでございます。
[282]
委員長代理 内藤隆
何か具体的なこれに対する対策でもお考えでございましたら、述べていただきたい。
[283]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
以前朝鮮人の取締りは、かなり厳重にやられたようでございましたが、近年はどうも軽いのが初めに入って来るからでございましょう、すぐ帰すというようなことも、このごろはゆるんでおるので、初めの、まだ日韓併合にならぬ当時は帰してもいいというようなことになっておりましたが、その後次第々々に日本の工業が盛んになり、従って日本で発病したようなものとみなされて、療養所――そのときはもう朝鮮は日本の属国でありましたから、もし癩患者を発見したときは、各療養所に入れるべしというような内務省の方針にかわりまして、それがずっと続いておるわけであります。
それに戸籍等も、内地の療養所でもこれは秘密厳守ということになっておりまして、内地の癩患者でも、名前をほんとうに正当に言う者は少いというくらいになっておりますし、むろん朝鮮の患者も、言葉は日本語をよくしゃべって、また子供のときから入っておる者では、ほとんど日本人とかわるところがないから、三重県とか、あるいは愛知県などというようなところの人と一つも違わないような形になっております。それがおいおいに、これは元朝鮮から来た者であるということが、療養所でもようよう発見されるというようなことで、これを早期に見破ることは、なかなか困難なごとく思えるのであります。
それでさっき500人と申し上げたのは、いろいろその身元を探り探って、そうして出た数字であります。日本で生れて、親が癩病でうつしたような子供は、三重県人とか、あるいは愛知県人とか、あるいは兵庫県人であるというようなことで、次第々々にわからぬようになって参るのであります。それではたして朝鮮人であるということの実証が上ったときに、これらの内地で生れたような子供も、どういうふうにしたらよかろうかということは、もう今日は疑問の中にある。
[284]
委員長代理 内藤隆
他に御質問はございませんか。他に御質問がなければ、光田証人に対する尋問はこれにて終了いたしました。証人には遠方どうも御苦労さまでございました。
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